03
明くる日、私はいつもより少し早く教室にいた。
昨日の出来事が衝撃的過ぎて、早速真夏に話を聞かせてもらおうと思ったからだ。おかげで睡眠不足気味である。LINEで聞いてもよかったけど、それだとのらりくらりと躱されそうだったからやめた。
うとうとしながら待っていると、クラスメイトが次々と入ってきた。でもそこに真夏の姿はない。時間にルーズなのは普段通りだが、今日ばかりはがっつり咎めても文句は言わせない。先輩の呼び出しにはきっちり応答したんだから、守ろうとすれば出来るはずだ。
二十分、三十分。朝礼までの時間が迫るにつれて、だんだん私はじれったくなってきた。机の角を指で叩き、遅刻常習犯を待つ。あのちゃらんぽらんめ。
業を煮やしていると、ようやく彼女がやってきた。先生がホームルームを始めるぎりぎりの時間だった。呑気に大きな欠伸をしている。結局、日直仕事は私が済ましてしまった。あとでお仕置きだ。
「おお、今日は遅刻しなかったな依宮」
なんだか先生、明るいな。遅刻魔がちゃんと時間通り来てくれたことが嬉しいらしい。
「ありゃ、まだ朝礼してないかんじ?」
「うん、セーフだ」
「やりぃ」
ご機嫌で席に着く真夏。うちの担任の菅原先生、生徒指導部なはずなんだけど、今まで手を焼いてたからか彼女にはやや寛容。苦言を呈するにもカロリー高いから、気持ちはわかる。痛いほど。
その後は普通に授業を受け、真夏に接近することができたのは昼休みだった。
なんだかんだ真夏はクラス内でも人気がある。昨日の口振りからして、他のクラスメイトの前だと絶対話してはくれないだろう。そのため、まずは二人になることが求められる。
私が誘い出すために教室を見回すと、案の定真夏は他の子たちと駄弁っていた。
見せ合っているスマートフォンの画面は、ソシャゲの限定フェス。私も語らいたいところだけど、今は我慢だ。
「真夏、ちょっと付き合ってくれる?」
私は群がる人の壁を押し除け、自白剤代わりに購買で買っておいたパックのクリームソーダを彼女の眼前に置いた。
他の子たちはいきなり凸してきた私に呆けていたけど、真夏だけはにんまりと笑って、
「いーよ、弥生ちゃん」と席を立った。
何か言いたげなクラスメイトたちをスルーして、そのまま静かに真夏を連れ出した。名残惜しむ声にウインクで応える彼女。かわゆいな、おい。
密談の場所として選んだのは、校舎の隅に建ててあるプレハブ小屋。かつては予備教室として使用されていたらしいのだけど、生徒数が減少傾向にある現在では手付かずの状態となっている。
当然ながら教室は全て施錠されているので、私たちは現校舎からプレハブに繋がる渡り廊下で向かい合った。
ちゅるるるる。ストローを啜る音が響く。
にこにこで目を細める真夏に、私はずっと気にかけていた問いを投げた。
「じゃあ初めに。昨日誰かと話してたよね。先輩と私以外で。「タマ」って誰?」
ずずず。ストローが底に当たる音。
「あの生徒会の先輩とはどういう関係? 何か事情通みたいだったけど」
ごっくん。白い首筋がわずかに上下した。
「それに、あの炎。一体どうやって出してるの?」
ぷはー、と温泉上がりのコーヒー牛乳を飲んだときみたいな恍惚とした表情。
「ちょっと聞いてる?」
これには流石に声色に怒気が混じった。こっちは真剣な質問をしているというのに。
「いっぺんに全部は答えられないよ」
わざとらしく眉根を寄せ、ストローから唇を離して右手を揺らす。こんな飄々とした娘が巫女さんだなんて、未だに信じられない。
「でもま、わざわざこんなとこまで連れて来たってことはこっちの事情汲んでくれてるみたいだし、これおごって貰っちゃったもんね。いいでしょう、私があなたの疑問に応えてしんぜよう」
なにから訊きたい、と促す真夏。今いったじゃんか。
仕方なく私は先の質問を繰り返した。するとほんわか娘は腕を組み、唸り始めた。唸りたいのはあんたのフリーダムムーヴに付き合わされる私だっていうのに。
「……説明するのはちょっとムズいかも?」
「なんでよ」
「だって、タマはいつもだったら私としか会話できないんだもん」
若干不貞腐れ気味に髪先を弄る真夏に私はくらり、と頭を殴られたような鈍痛を覚えた。
現場を見てない人から見たら間違いなくやばい寄りの発言だ。自分しか会話できない、ということは空想彼氏みたいなものなのだろうか。
ならあのケモミミと尻尾はなんだというのか。
「へーきへーき。弥生ちゃんなら。私がナンパされても助けてくれるような子だし」
「それ、誰に言ってるの?」
「あ、ごめん。タマが話しかけてくるから、つい」
「ますますわかんない。なんなの、タマって」
「うーん、そうだねぇ」
真夏は口元に手を当てる。
友達を疑いたくはないのだけれど、私の心のメーターは既にかなり心配の目盛りへ振られている。
だってさ、見えない誰かと会話できるって、普通に頭どうかしてると思われるじゃん。
「弥生ちゃんはさ、妖怪って信じる? ゲゲゲの鬼太郎とか妖怪ウォッチに出てくるような」
「いや……ただの創作でしょ、あんなの」
「それがね、意外と身近にいるんだな」
そこまで口にして言葉を切り、彼女は明後日の方向へ顔を向けた。そして、残りを絞るようにして胸に手を当てながら桜色の唇を動かした。
「タマは妖狐なんだよ。私の中にいるんだ」




