02
「え、悪霊退治? それって……要するに、お祓いってことですか?」
「ニュアンス的には間違いではないが、不正解だ」
本郷先輩が背後を示して促す。
「時間が惜しい。あれを見てみろ」
いわれた通りにひょいと首を動かすと、その先は行き止まりだった。陽の光がほとんど落ちてしまっているから、はっきりとは見えづらい。でも奥に何かがあるのは、ぼやけていても確認できた。
「なんですか、あれ」
「この先にはお地蔵さんがあるんだ。記念碑と一緒にな。千街デパート全焼火災というのを知っているか」
私は短く首肯した。
それなら聞いたことがある。ドキュメンタリーの特番で何回か取り上げられている事件だった。
私が生まれる以前、今のショッピングモールに近い、大型のデパートがこの街にあった。それが千街デパート。
当時、既に古い建物だったのも災いしたのか、地震で発生した商店街の出火が燃え移り、全焼。
多くの人が建物内に取り残されてしまったこの事件の被害者は、ゆうに二百人を数えるという。
「この土地には今でも火災時の怨嗟の声が染み付いている。罪を犯していない人間の怨みはより強い。記念碑に手を合わせていく人たちの念までをも吸収して、呪いの声が膨れあがってしまったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですか、急に。オカルトの話?」
もしくは厨二病なのだろうか。高校二年なのに。
私の反応は想定内だったようで、先輩は冷静な口調を崩さない。表情筋の可動域が狭すぎませんか。目ヂカラに比べてあまりにもやる気がなさすぎる。
「ふざけていると思うだろうが、至って真剣だ。このままだと溢れた怨嗟が現実世界に干渉してくるぞ」
「干渉って、具体的には?」私は冗談半分に訊いてみた。
「おそらく、自分たちが受けた苦しみと同じものを味合わせようとするはずだ。こういうタイプの思念は共感を求めてくるのがセオリーだからな。人体発火とか、そんなところだろう」
ちょっと想像してみた。
ここを通りがかった人たちが突然炎上し、肉という肉が焼け爛れ、服も髪も炭化して、黒焦げになる。側から見ればC級ホラー映画も真っ青だ。自分の顔が次第に引き攣るのがわかった。
「そんなの、ただの八つ当たりじゃないですか」
「そうだ、八つ当たりだ。だが怨嗟に倫理など通用しない。他人を巻き込むのは結果であって、奴らにその気はまるでないんだ。だが、害するつもりはありませんでしたで通用する話じゃない」
まさか、そんな。
あるわけがない。呪いとか怨念とか、オカルトブームはとっくの昔に終わったはずだ。でも、笑えないジョークを平気で飛ばすような朴念仁男子が真っ赤な嘘つきだとは思えなかった。
スプーンで砂糖をかき混ぜるように、ぐるぐる思考を巡らせていると、本郷先輩は首の後ろをかいて私の肩へぽんと手を置いた。それからもう片方の手をズボンのポケットへ忍ばせ、中から数珠を取り出した。
「心配するな。そのために俺がいる。依宮がいる。理不尽に不幸を撒き散らす呪いを吹き飛ばすためにな」
なんだか格好いい台詞をキメて自信たっぷりにサムズアップする先輩。おまえはそこから動いたりするなよと忠告して数珠を掲げるように持ち、厨二病疑惑のある彼は何やらぶつぶつ唱えはじめた。
オン、アビラ、ウンケン、ソワカ。
あ、これ知ってる。お坊さんが唱えるやつだ。
詠唱はしばらく続き、やがてがっくりと肩を落とすと、彼はゆっくりと額を拭った。ものすごい汗だった。
「どうだ、塚貝。あれを見てみろ」
鞄から制汗スプレーを取り出して、それを首周りに噴射しながら先輩はお堂のほうを指し示した。すうっとするシトラス系の匂いが私の鼻腔をくすぐる。
記念碑の手前、影で黒くなった鳥居の間に、どす黒いどろどろしたナニかが、蠢いていた。パッと見スライムに見えなくもないけど、その大きさは先輩よりもやや高い。
瞬間的に悪寒を覚えた。電気が走ったみたいだった。背筋がぞわぞわして、身の毛がよだつ。
無理。生理的に無理。
女子を見る目がいやらしいと不評の体育の中田先生を余裕で高跳びしている。絶対に近づいてはいけない、と私の本能が警告していた。
「よし。それが正しい反応だ。あれは負の感情の塊みたいなものだからな。慣れてないと不快感で吐き気を催す」
だったら別に見せなくていいんじゃないですか。後輩に対する思いやりというものがないのだろうか。
いわれた通り、私はだんだん気持ち悪くなってきた。昔、親戚のクルーザーに乗って船酔いしたときといい勝負になりそうだ。
当然だといわんばかりに解説する仏頂面に、私は僅かながらも殺意を覚えた。この人、意地悪とかじゃなくて素でこういうことするタイプなんじゃ。
一発グーパンされても文句いえないと思う。怖いからしないけど。
「結界は張り終えた。あとは頼むぞ、依宮」
はいはーい、と軽い返事。
いつの間に着替えたのか、真夏は緋袴の巫女姿になっていた。カーディガンなんか、わざとオーバーサイズにして着崩してるのを見慣れている私としては、目を疑うくらいにきっちり着こなしている。
というか、本当にいつ着替えたんだろう。というより、巫女服どこにあったの?
「弥生ちゃんはもっと離れてたほうがいーよ。危ないから」
真夏は私を遠ざけると、肩を回したり屈伸したり。なんだか準備運動をしているみたいだ。指を組んで頭上に伸ばすと深呼吸をひとつ。見えない誰かに向かって話しかけた。
「よーし、出番だよ。おいで、タマ」
「わっ!?」
どこからともなく風が吹いた。熱くて、勢いがある。くすぐるみたいに頬を掠めていく。
咄嗟のことに、私は反射的に目をつむった。謎の気流はすぐに治まってくれた。
なんなの、一体。
おそるおそる目蓋を上げた私の瞳に映ったのは、ぴんと尖った耳とふさふさの尻尾を生やした友人の姿だった。
「んじゃ、やろっか」
意気揚々にパチンと指を鳴らす真夏。
その瞬間、信じられないことが起きた。彼女の指先から小さな炎が吹き上がったのだ。
え、なに今の。それに、なんでケモ耳が。
私が目をぱちぱちさせていると、彼女は頷くように顎を引いた。
真夏は手を祈るように合わせて、まるで弓矢を番えるように右手をゆっくりと引いた。左手から炎が溢れ出し、右手を追いかける。それは形容するなら炎の矢だった。弓弦もないのに、彼女の手の中で弓が引かれたように見えた。
「火舞羅」
指先に集めた火矢が、弾丸のように弾かれた。
ヒュウ、と風切り音を立てながら大気を切り裂いていく。一直線に突き進んだ矢尻がスライムもどきに触れた途端、轟音と共に炎が爆ぜた。
「きゃあっ!」
尻餅をつきそうになった私を先輩が支えてくれた。
「言ったはずだ。無闇に動くなと」
「な、何が起きたんですか」
「見ての通りだ。呪いの根源を強制的に排除した」
どうしよう。私の理解が追いついてない。訊きたいことは山ほどあるのに、それを言葉にするのは難しい。
私がおろおろしていると、真夏が粉塵の中から姿を現した。もう耳や尻尾はついていない。私が良く知るいつもの真夏だった。
「もう終わったよ」
「手間をかけたな。やはり芽は早いうちに摘んでおくに限る。明日も登校日だ、夜道には気をつけてな」
「ういうい。じゃ帰ろっか弥生ちゃん」
差し出されたその手を取るのに、私は躊躇した。
今の真夏が、真夏じゃないような気がして。
「私は私だよ? ほら、可愛い顔が台無しだぞ」
何気ないその一言に、私はひっくり返った。
「なんで考えてることがわかるの?」
「顔に書いてあるんだもん。大丈夫、人間そんな器用に変われやしないよ」
私のほっぺたをつついてからかう真夏は、小さな子どもみたいな無邪気な笑顔だった。その表情に、私の中にあったわだかまりが解けていくのを感じていた。
「いいじゃん、事実なんだから」
「え?」
「んーん、なんでもない」
真夏は一瞬だけ、拗ねるように口を尖らせていた。
今の、誰にいったんだろ。 それに「タマ」って……?




