01
「ねえ、真夏ってバイトとかしてる?」
放課後、カラオケからの帰り道。前を歩いていた友人に私は声をかけた。
シュシュで束ねた淡いベージュの髪がふわりと揺れて、丈を短くしたプリーツスカートがひらりと舞う。流石に短すぎて道行く人に下着が見えてしまうのではとはらはらする。変なのに絡まれても知らないよと口酸っぱくしているのだが、本人曰く堅苦しいのは嫌なのだという。
「んーん。どうして?」
「いや、いつもこの手の誘い断らないからさ。シフトどう組んでるんだろなって」
「あー、そゆこと」
真夏は短く首肯し、さっき買ってきた飲料カップに突き刺したストローを啜った。スターバックスのキャラメルマキアート。彼女の中ではこれが定番らしい。結構いい値段なのだが、頻繁に購入しているあたり金銭面はどうなっているのだろうと不思議に思っていた。
「平気なの? お小遣いかなり貰ってるとか?」
「貰ってはいるけど、皆とそんな変わらないと思うよ」
「本当に?」
参考までに、私のお小遣いは月五千円。
それで週に二回も三回も、カラオケ行って、スタバのドリンク飲んで、ゲーセン寄って。
かかる金額を考えると、ちょっと説明がつかない。
「バイトってわけじゃないけど、ウチの手伝いはしてる。それでそこそこ貰ってるんだ」
にへらー、とはにかむ真夏。ほんわかした彼女のそういう表情は、本当に可愛い。というか狡いレベル。同性の私から見てもちょっとドキドキする。
「手伝いって何するの。掃除とか?」
「んにゃ、そういうのじゃなくて。ぶっちゃけると家業ってかんじ」
「家業って……真夏の家、何やってるの」
「ふふん。びっくりするよ」
じゅるる。マキアートで喉を潤してから、真夏は側にあったくずカゴに、飲み切ったカップを投げ入れた。
「なんとね、神社なんだよ」
い、意外すぎる……。
流石にこれには面食らった。目の前のどう見ても不真面目寄りな女子高生からは想像もつかない。
神社といえば巫女さん。巫女さんといえば清楚なイメージ。私だけじゃなく、これが世間のスタンダードな認識だろう。
「ということは巫女さんでもやってるの?」
「まぁだいたいそうかな。あの衣装、窮屈でさあ。私そんな好きじゃないんだよね」
何故か、真夏のそれまで合っていたはずの視線が泳いだ。
「だって落ち着くでしょ?」
あれ、今の言葉、本当に私に言ってる? なにも訊いてないはずなのに。
少しだけ気になったけど、無視することにした。周囲には私たちしかいないし、話す相手もなにも、他にいない。
「そうなんだ。私は似合うと思うけどな」
早々に成長が止まってちんちくりんな私と違い、真夏はスラっとしたモデル体型。身長も私より頭ひとつくらい差がある。本人はひけらかしてないけど、実は相当モテるんじゃなかろうか。
「ああいうのは初詣とか、祭り事に着るくらいがちょうどいいの。そんなしょっちゅう着たくない」
肩をすくめ、あからさまにため息をつく真夏。そのとき、大きな音量でメロディーが流れた。爽やかなイントロが夏の訪れを感じさせる。真夏の十八番で、携帯の着信音に設定するほどのお気に入り。今日もしっかり良い声で歌っていた。
真夏はストラップを付けまくった制鞄のサイドポケットからスマートフォンを取り出し、ちょっとごめんと断ってから耳に当てた。
「はい、もしもし」
相手は誰なのだろう。画面が見えなかったから表示名もわからない。まあ電話の相手なんて、いちいち訊くほどのことでもないか。
真夏側から喋ることはなく、一言二言返答を交わすだけだったが、彼女の顔はみるみるうちに険しいものに変わっていった。
私はその変化に驚いた。いつもふにゃふにゃしていて、呑気を絵に描いたような彼女の真剣な表情は入学してからのここ数ヶ月、あまり記憶にない。
「……それマジ? うん、わかった。今からそっこー向かうから」
会話の内容は分かるはずもないが、なにやらよくないことが起きているような予感がした。
通話を切った真夏が私に向き直る。
「弥生ちゃん、ごめんね。私ちょっと急用入っちゃったんだ。また明日ね」
それだけ伝えると、そそくさと走り出す真夏。その直前、彼女はそっと胸元に手を当てた。まるで、そこにいる誰かに返事をするかのように。
このまま行かせたら良くない、と私の直感が告げた。
私は反射的に彼女の腕を掴んだ。慣性で前につんのめりそうになった。私はぐっと足に力を入れ、堪える。伊達に弓道部はやってない。
「待ってよ。用って何? そんなに焦るようなこと?」
「い、痛いよ弥生ちゃん。チカラ強いって」
「答えて。今の電話で何を話したの。今いった手伝いと関係あったりする?」
「あるもなにも、そのものだよ。大丈夫。いつものことだから。私、行かなきゃ……」
なんとかして振り切ろうとするところを見るに、教えるつもりはないらしい。この普段からお花が飛んでそうなほわほわした娘があんな鬼気迫った表情をするなんて、只事じゃない。期末テストのときだって、もっと余裕たっぷりだった。
「なら私も一緒に行く」
すると、ほんわか女子は激しく動揺した。隠しているつもりなのかは知らないけど、見るからに焦りまくっているのが手に取るようにわかる。
「い、いいよ別にそこまでしなくても」
「二人なら終わるの早いと思うよ?」
「巫女服見られるの恥ずかしいし……」
「私、男の子じゃないけど」
歯切れが悪く、どこか噛み合ってない言い訳を繰り返す真夏。なんというか、珍しい。ここまで狼狽える彼女は初めてかもしれない。巫女さんの仕事って、そんなに見られたくないものなのだろうか。
「……ひょっとして、巫女服はコスプレで手伝いという名目のえっちなことだったりして」
「なにそのやらしー発想。心配しなくても援交なんかしてないって」
「真夏が教えてくれないから可能性を挙げたまで。とにかく、私ついていくから。いいよね」
とうとう根負けしたのか真夏は大きく項垂れて、髪の毛の先を弄りはじめた。気持ちが透けて見えるようだ。でも私は一歩も譲るつもりはない。
万が一、ということもあるけれど。怪しい事に手を出しているなら何がなんでも止めなくては。
「……しょうがないな。でも、約束してね。何があっても首突っ込まないで。あと誰にも言わないこと」
真夏は最後まで不承不承の様子だったけど、なんとか取り付けた。
それにしても、そこまで知られたくないことって、いったいなんだろう。
私は先を行く真夏を追いかけた。なんだか体育祭のクラス対抗リレーのときより速い気がする。太陽は既に山影へ隠れつつあった。
───
神社へ行くのかと思っていたら、私たちが足を運んだのはまさかの駅前商店街。さっきまでいたカラオケ店からそこまで離れていない。
どういうことか尋ねたかったけど、ずっと走りっぱなしだからタイミングがなかった。
突き抜けを左へ曲がってしばらく進むと、私たちと同じ千街高校の制服を着た男子が待っていた。
「遅いぞ!」
背が高くて目つきが鋭い男子がぶっきらぼうに怒鳴った。
「ごめんごめん、これでも急いで来たんだって」
手を合わせて謝る真夏の背後、つまり私に彼が目線を向けた。思わず息が詰まりそうになる。喉元にナイフを突きつけられた感覚ってこんな感じなのだろうか。その視線だけで刺されてしまいそうだ。
「遅れたことは百歩譲ってまだいいとして……おい、依宮。なんで部外者を連れて来た。一般人が首を突っ込んでいいような案件じゃないんだぞ」
「いやあ、それが弥生ちゃんがどうしてもついて行くって聞かなくてさ。大至急っていわれちゃったから、仕方なく」
「仕方なくで済むかっ! もし万一のことがあったらどう責任取るつもりだお前」
「大丈夫だって。ただの見学。なんなら剛が見てればいいじゃん。そのほうが私としても助かるし」
「全く……面倒事を押し付けやがって……」
今にも喰ってかかりそうな勢いの彼は大きく深呼吸をして私に向かって尋ねた。
「俺は千街高校二年、本郷剛。君は?」
「えと、一年の塚貝弥生です」
「一年か。依宮と同じクラスか」
「はい。一応、学級委員長を」
「そうか。塚貝、今日これからのことは他言無用だ。もし漏らした場合は生徒会が黙っていない」
生徒会にそんな権限ありましたっけ。というか、この先輩生徒会の役員なの? こんなに人柄悪そうなのに。
「冗談だ。とにかく、これから俺たちはひと仕事ある。何があっても手を出すな。いいな」
強面生徒会は語尾を強めた。隠れた絶対、の二文字をこれでもかと強調してくる。というかジョークが死ぬほど似合わない。
「あの……秘密なのはいいんですけど、一体何をするんですか?」
「なんだ、お前。依宮から何も聞いてなかったのか」
視界の端でそんな時間なかったと抗議する友人に、私は苦い笑みを浮かべた。
「そうだな、端的に表現するとするなら……」
本郷先輩は少し思慮してから堅そうな口元を綻ばせた。
「悪霊退治、といったところだ」




