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双魂ナインテイル  作者: 幽猫
第二章 神風吹くとき

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 少しの間を挟み、奥から玉梓の淡々とした声が返事をした。


「いいぞ、ちょうど今終わったところだ」


「おっけー、入るよ」


 真夏が障子をゆっくりと引いた。

 八畳間の中央に、木彫りの装飾が施されたアンティークな机が置いてあって、その上に二リットルペットボトルのジュースとグラス、様々なお菓子が山盛りになっていた。部屋の隅にはなんと行灯があって、全部で四つ設置してある。

 左端の行灯の前では、烏天狗兄弟が揃って正座させられていた。その眼前で、玉梓が仁王立ちして二人を見下ろしている。


「……どういう状況だ?」本郷先輩が尋ねた。


「昨日、弟カラスが真夏の部屋におこがましくも入ろうとした。少し灸を据えてやる必要があると思ってな」


「なるほど、それは間違いなく重要案件だな」


 先輩、呑み込みが早すぎませんか。こいつら、もっととんでもないこと話してたんですよ。

 

「打ち上げってことで、いろいろ用意したから好きなの食べてね。……あっ、ウエットティッシュこの部屋なかった。持ってくるね」


 真夏はそそくさとどこかへ行ってしまった。

 スナック菓子多いし、有り難い。立派な机を汚すのはちょっぴり抵抗感がある。

 用意されていた座布団にお尻を載せると、玉梓がそっと近づいてきて、私の耳元で囁いた。


「余計なこと喋ったら、燃やすからな」


「───っ!?」


 私の心臓が跳ね上がった。振り返ると、玉梓はもう私を見てはいなかった。

 嘘。こっそり聞いてたの、バレてたの?

 私は喉を鳴らし、額を拭った。暑いわけでもないのに、嫌な汗が滲んでいた。


───


 真夏が戻ってきてから、皆でグラスを合わせて乾杯した。音頭を取ったのはコガラシくん。前から一度、やってみたかったんだとか。なお、玉梓は当たり前のように真夏の隣へ位置取っていた。彼女は真夏の左隣で、右隣は私なのだけど、時折鋭い視線が飛んでくる。

 かんっぜんに監視されていた。しかもその対象は私だけじゃない。背後から回り込もうとするカルラを、玉梓は常時牽制していた。親戚の家で同じような光景を見た気がする。


「依宮。ご両親は烏天狗を匿うことに、どんな反応を示していた?」


「目剥いてた」


 あはは、と笑いながら真夏がポッキーのパーティーパックを開いた。つぶつぶいちごの小袋が、紙のトレーごと机に出される。


「お父さんなんか腰抜かしちゃってさ。まあ、滅多に出ることのない妖怪が目の前に現れたんだから無理ないけど。でもコガラシくんがきちんと挨拶してくれたから、なんとか説得できたんだよね」


「そこが大きなポイントだろう。対人関係が良好な妖怪など、俺も玉梓以外には知らなかったからな」


「え? そうなんですか? 私はこの三人しか知らないからよく分からないんですけど」


 私が訊くと、本郷先輩がグラスにスプライトを注ぎながら顎を引いた。


「人前に現れる妖怪は、決まって好戦的だ。むしろ会話不能な個体のほうが圧倒的に多い。妖術……術式という強力な武器を持って人里へ降りてくるんだ。殉職者が出るのも、毎度のことだ」


「ふん、そんなの当たり前だろ」


 玉梓がいちごポッキーを三本まとめて咥え、噛んだ。パキンと小気味いい音を立てて、チョコレートで覆われた部分を噛み切った。


「そういうやつはだいたい人間たちへの八つ当たりが目的だからな。何かしらの理由で集団からはぐれた、流れ者がほとんどだ。霊感がない人間なら視認すらできないからな。弱い者いじめの憂さ晴らしなんだよ」


「なにそれ、サイテー」私は口を尖らせた。


「そんなやつ、本当にいるのか?」


 カルラが不思議そうに首を傾げた。口周りがてかてかと光っている。ポテチ食べ過ぎでしょあんた。あと机の上の食べカス、ちゃんと綺麗にしときなさいよ。


「箱庭育ちのボンボンは黙ってろ」玉梓がぴしゃりと断言した。


「なんだよー、偉そうに」


「おまえたちは神域結界の中で育ったんだろ? 常にうじゃうじゃ敵が蔓延る外の世界と一緒にするな。特注の防災シェルターで生きてきたから、そんなことを言えるんだ」


 いちごオレをごくごくと飲み干して、玉梓はグラスを机に戻した。真夏が口元をウェットティッシュで拭おうとする。ふさふさの尻尾が畳の上でぱたぱたと揺れた。


「わたしは違う。外の世界で、途方もない時間を過ごしてきた。おまえたちの時間感覚でいうと、千年以上の月日をな。生温い箱庭でぬくぬくと生きてきたおまえたちとは、雲泥の差があるんだ。ほとんどの妖怪は、そういう環境で生き延びなきゃいけないんだよ」


「……九尾様の言う通りです」


 コガラシくんがぽつりとつぶやいた。本郷先輩がコーラのおかわりを注いでくれたところで、軽く会釈していた。


「おれはお師匠様から『おつかい』として、何回も結界の外に出ました。そのとき初めて、おれたちが生まれたところがどれだけ安全な場所だったかを思い知ったんです。他の妖怪や霊に襲われたのも、二度や三度じゃない。そんなところで千年以上も生き延びた九尾様は、尊敬以外の何者でもありません」


 俯く彼の姿を見て、私ははっとした。

 意思薄弱な霊体は、自分の存在を維持するため、生きるために霊力を求めて彷徨っている。そう玉梓は言っていた。

 この厳しい環境こそが、妖怪たちの価値観に直結しているんだ。


「ですから、行き場のないおれたちを受け入れてくれた真夏さんには本当に感謝してます。聞けば、わざわざ自分の身を危険に晒してまで、暴れていたおれを助けてくれたんだとか。もう、なんと礼を言ったらいいか……」


「そうだ。だからもっと、わたしたちには敬意を表したほうがいいぞ。真夏がいなかったらおまえは死んでたかもしれないし、弟だって人間に危害を加えたとして、霊能者どもから処分されてたかもしれないんだからな」


 玉梓は尻尾をゆらゆらと振りながら胸を張った。ぴんと立ち上がっているところをみるに、かなり機嫌がいいらしい。


「だが、いつまでも依宮のところに置いておくわけにもいくまい。妖怪特有の術式に興味を持つ霊能者は多いからな。放っておいても君たちのことを嗅ぎつけて、様々な検証をしようとするはずだ」


 先輩が歌舞伎揚をつまみながら、隣へ座るコガラシくんに諭すように言った。好物なのか、手元にはもう四袋も包装袋が破られていた。


「今すぐに答えを出す必要はないが、今後の方針を決めておく必要がある。君たちはこれからどうする予定だ?」


「それなんですけど……」


 コガラシくんが言いかけたとき、玉梓がそれを遮るように口を挟んだ。


「こいつらには未習得の神通力を会得してもらう。それまではここで面倒を見ることにする」


 ポッキーの小袋を新たに破り、玉梓は続けた。


「もちろん、だらだらと居候させるつもりはない。いつまで経ってもできないようなら追い出すし、厄介ごとを起こすようなら即座に出ていかせる。新しい神通力は、今後必ず役に立つからな。使えるようになるに越したことはない」


「そういえば、神通力には便利な技がたくさんあるっていってたっけ。どんな技なの?」


 真夏が訊くと、コガラシくんが食べかけていたカントリーマアムを袋に戻して説明した。バニラのほうが多いところを見ると、私と好みが合いそうだ。


天眼通(てんげんつう)と転身通っていって、天眼通は視界を拡張してあらゆるところを見通すことができる技っすね。転身通は俗にいう転送術なんすけど、一度行ったことがある場所なら大人数でも一度に運べる技なんですよ。荷物なんかも質量無視でいけるので、大抵の転送術より性能は高いかと思います」


 私は口に含んでいたコーラを吹き出しそうになった。

 それって、千里眼と瞬間移動ってことじゃん。誰しも一度は使ってみたいと夢見る超能力の代表格。


「そんなことできるんだ!? 神通力って思ってたよりずっとすごい術式だったんだね。今はまだ使えないの?」


「お師匠様から教わる前だったんです。おつかいを何度もこなして、いよいよってときに、鬼の連中に襲われて……」


「あ、そうだったんだ……ごめんね。嫌なこと思い出させちゃって」


「いえいえ、全然。真夏さんこそ、気にしないでください」


 真夏がしゅんと肩をすぼめると、コガラシくんが見るからに焦りを見せた。もしかして、この子真夏に結構気があるのかも。人間だけじゃなくて妖怪からもモテるとか、強すぎる。


「なるほどな。その二つがあれば、残りの九尾の尾を集めるうえで、大きな戦力になるというわけか」


 本郷先輩の指摘に、玉梓はこくりと頷いた。


「なにしろ手掛かりすらろくにないからな。猫の手だろうとカラスの羽だろうと、使えるものは使う」


 自分は狐の尾を探してるのに、散々な物言いだった。


「だが、それで霊能者が関わる問題まで解決するわけではないぞ。それに、今回のことはいずれにしろ報告しなくてはならない。お前たちには悪いと思うが……」


「別に構わないぞ。おまえがいつもそうしてるのは知ってるからな」


 最後のポッキーをいちごオレで流し込み、玉梓は片目を伏せて、指先で机をとんとんと叩いた。


「面倒な連中がやって来るなら、わたしが力づくで追い払うまでだ」



 





 








 




 

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