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双魂ナインテイル  作者: 幽猫
第二章 神風吹くとき

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 石階段を素早く登っていき、私は真夏のもとへ駆け寄った。今はケモ耳も尻尾も出ていない。けれど、巫女さんの格好をした真夏は、私が知っている彼女よりちょっと大人びている気がした。


「やっぱり真夏、それ似合うよ。私ももっと背伸びてたらなぁ……」


「まだまだこれからじゃん。それに、着たいなら着ればいいんだよ? 予備たくさんあるし」


「そういうんじゃなくてさあ……」


 ほんと、変わらないんだから。まあこういうところが真夏らしいんだけど。

 真夏に案内され、石畳が敷かれた道を進む。拝殿へ近づくと、正面には石階段が五段ほど積み上げられていた。その両脇には、苔むした白い狐の石像が一対鎮座している。台座に彫られてある文字列に、私は釘付けになった。

 『祭神 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)』。

 ……ミタマ。これって、


「……タマ?」


「ん? 呼んだ?」


「いや、そんなわけないよね」


 なんでもないと返しつつ、やっぱり気になって、私は真夏に質問した。


「ねえ。ここの正式名称、依宮稲荷神社よりみやいなりじんじゃで合ってるよね?」


「うん。そうだよ」


「いや、すっごい偶然だなって。おいなり様って狐の神様でしょ。その神様を祀る(まつる)神社の娘さんが、狐憑きだなんてさ」


「ん〜じつはおいなり様って狐じゃないんだよ。神様のお使い」


 あっ、そうなんだ。いなり寿司とか、よく言うからてっきりそういうものなんだと思ってた。


「そういえば、玉梓はどうしてるの? また尻尾が増えて、何か変わった?」


「全然。むしろ生き生きしてるよ。昨日の夜にカルラくんが私の部屋に入ろうとするのを、コガラシくんと一緒に食い止めてた」


 これには呆れてもう言葉も出なかった。あいつ全然反省してないじゃん!! 昨日の今日どころか、昨日の夜中って。 

 まるで成長していない。やっぱり引き留めるべきだった。


「それでね、大事な話があるって朝から三人で和室に閉じこもっちゃってて。暇だったからこうやって掃除してたってわけ」


「ん? てことは玉梓いないの? 妖魔領域は?」


「もう張ってるよ」真夏が両腕を目一杯広げてみせた。「今はこの境内全部、タマの領域の中」


「はああっ!?」


 思わず大きな声を出してしまった。


「いや、待ってよ。今まで一部屋丸々ぐらいの範囲で使ってたじゃん! それがこれだけ広い神社をほとんど覆うなんて……いきなり規模デカくなり過ぎでしょ!?」


「妖力に余裕ができたから、これくらいなら全然問題ないんだって。すごいよね〜。一本しかなかったときは、ベッドの中くらいしか使ってくれなかったんだよ?」


 いろいろと言いたいことはあるけど、何から突っ込んでいいのか分からない。というかベッドって。一体なんのために使ってたんだか。


「ほら、この先。もう剛も来てるから、ちょっと駆け足でいくよ」


 真夏に手を引かれ、金箔が眩しく輝く拝殿の前を横切る。

 石畳が終わり、白い石が敷き詰められた道になった。その脇には、横に長い建物が建っている。三ヶ日におみくじやお守りを売っていたところ。それを華麗にスルーしつつ、私たちは建物脇にある木造の外階段を登って二階へ。

 戸口を入ってすぐ横に設置されている下駄箱には、ナイキのスニーカーが一足、収まっていた。サイズからして本郷先輩のものだろう。

 私たちも履き物を脱いで、漆塗りの床板の上へと足を運ばせた。真夏が、ここは助勤する巫女さんたちの休憩スペースなのだと教えてくれた。

 廊下の先に、丸椅子の上で足を組んだまま文庫本を読み耽っている先輩の姿があった。視線を落としたまま、真剣な顔つきでやたらと分厚い本のページをまた一枚捲る。


「先輩、こんなところでなにしてるんですか?」


 私が尋ねると、先輩は開いていたページに栞を挟んで本を閉じた。彼岸花の柄が、ちらりと覗いた。


「締め出された。許可するまで決して入るなと言われた」


「どれくらい待ってるんです?」


「かれこれ三十分ほどだな」先輩は腕時計を一瞥して答えた。


「長いよ! そんなに時間をかけて何話してるの、いったい」


「さあ。それに、無理に詮索したところで教えてくれるような気性ではなかろう。あの妖狐は」


 首を回し、先輩は一息ついた。こきこきと骨の鳴る音がした。


「なんの本読んでたの?」真夏が訊いた。


「東野圭吾の『白夜行』だ。最近はゆっくり読書を嗜む時間もとれない」


「生徒会の仕事くらい、会長たちに押し付ければいいのに」


「そちらは特に問題ない。溜まっているのは上への報告書だ。主にお前絡みのな」


「面目次第もありません」真夏は深々とおじぎした。


 私はどうしても気になって、目の前を阻む障子を睨みつけた。この薄い壁の向こうで、あの三人はどんなことを話しあっているんだろう。

 湧き上がる好奇心に負け、私はそろりと障子に近寄って聞き耳を立てた。細々とした会話の声が、和紙の壁の向こうから聞こえてくる。


(いいか? 正直に言え。気になるんだろ?)


(めっちゃ気になるっす)


(お、おいらも)


(だったら、それはおまえら次第だ。やって欲しいことのひとつやふたつ、あるだろ)


(それは……もちろん)


(ありまくりだぞ)


(そうか。なら口先だけでないと証明してみせろ。真夏も受け入れてくれるだろうしな。よっぽど馬鹿なことをしない限り、そのときばかりはわたしが許す)


(マジっすか)


(あとで約束破るのはなしだからなっ!?)


(ふん。そんな心配をするくらいなら、さっさと始めたらどうだ。いっておくが、役立たずはいらないぞ。わたしの炎で消し炭になるか、それが嫌なら出て行け)


(あの……もし、どっちもおれが使えるようになったら、狩楽はどうなるんですかね?)


(すぐに追い出す。おまえだけで事足りるなら、置いておく意味がない)


「………………」


 どうやら私は、黒づくめの烏天狗たちの、怪しげな取引現場を盗聴してしまったらしい。

 情報が断片的だけど、玉梓は烏天狗の二人になにかをやらせようとしているみたい。そして、見返りとして報酬を吊り上げている。その報酬は、おそらく真夏に関係すること。

 昨夜起こしたという未遂事件の内容から考えて、『真夏の部屋に入ってお願いを聞いてもらうこと』の可能性が高い。

 本人がいないところで、なに勝手に決めてるんだ、あの狐っ子。


「タマー、そろそろ入ってもいい? 弥生ちゃん来てくれたよー!」


 なにも知らない本人が、障子に向かって呼びかけた。

 




 

 

 



 

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