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私たちの制止を振り切って現場に急行したカルラに追いつくのは、並大抵の難易度じゃなかった。だって向こうは翼があって、障害物無視しながら進むんだから。外履きに履き替えるときにはすでに遥か彼方へ行ってしまっていた。
ようやく真夏の姿が見えてくると、一回り成長した烏天狗にカルラが飛びついているのがわかった。どうやら無茶なお願いは上手く叶ったらしい。
「おまえ、本当に狩楽なのか……?」
「本当だってば。……あっ、ほらっ!」
追いついてきた私たちに、カルラはふわふわ浮きながら近寄ってきた。私じゃなくて、本郷先輩に、だけど。
「あれ出して、あれ! ていうか返して!」
「ん? ああ、これのことか?」
本郷先輩がヤツデの葉っぱを取り出した。カルラから没収していた天狗の羽団扇だった。
「あ、それおれの団扇……!」
「え? これ、兄貴のなの?」
「はい。おれが団扇なしで術式を使えるようになったときに下げ渡したんす。お師匠様は反対してたけど、ずっと羨ましがってたし、もう必須ってわけでもなかったから」
な、なんて弟想いの出来たお兄ちゃんなんだろう。私も願わくば、こんな兄が欲しかったんだよな。
まあ、その好意を肝心の弟は台無しにしたわけだけど。貰った団扇でスカート捲りしてたとか、本当に救いようがない。断罪してやる。
「ねえねえお兄さんお兄さん。聞いてくれる? 君の弟ったらね。この団扇───」
「わー!わー!わああー!」
被告人が騒ぎ始めた。私を口封じしようと近づいてきたけれど、あっさりとお兄さんに捕まえられた。
ナイスキャッチです、お兄さん。
「どうしたんだよ、急に大声出して。驚くだろ」
「べべっ、別になんでもっ!?」
「そう。ならいいよね。私から説明するから」
「やめろぉーっ!!」
見苦しい反抗を続ける弟は首を回して横へ視線を移した。そこには真夏が立っている。今にも泣き出しそうな目で、懇願していた。
このやろう。真夏なら止められると思ってやがる。
実際、彼女は困った顔で唸るばかりだ。さっき玉梓に甘やかすなって言われたばかりでしょ!
怒りが頂点に達した私が、強制告発しようとしたとき、
「君の弟は術式で風を起こし、女子高生のスカートを捲り上げて楽しんでいたそうだ。おまけに彼女にも同じことをしようしたため、俺が羽団扇を差し押さえていた」
本郷裁判長から、烏天狗の罪状が無慈悲に告げられた。
「………………は?」
お兄さんの目が点になる。カルラは石像のように微動だにしなくなった。
先輩が持っている団扇を見つめ、そのあと真夏に視線を向けた。彼女は気まずそうにこくりと頷いた。続けて、自分が捕獲している弟に目線がいく。
お兄さんの顔色がだんだん青くなっていった。
真夏の前で地面に両手と膝をつき、深々と頭を下げる。
「……この度はたいへん申し訳ございませんでした。おれを介抱してくれただけでなく、まさか弟がそんなことをしていたとは……!」
まさかの土下座で即謝罪。
この人、本当にクソガキ天狗の兄貴なの? あまりにも人が出来すぎてる。
「いやいや、そこまでしなくていいよ!? どこで学んだのそれ!?」
「重大な失態をしてしまったときは、人間はこうやって謝罪するんだろ? 熱々の鉄板の上で額を押し付けるらしいけど……」
「いや、それどこの帝愛グループ!?」
私は思わず突っ込んだ。そしてがっつり笑ってしまった。人の文化に妙に馴染んでるのが面白い。頑張って日本語覚えて来日してきた外国人みたいだ。
「狩楽。おまえは?」
「え?」
「謝ったのか? この人に」
「い、いや……まだ…………」
「おまえなあ…………!」
お兄さんが特大のため息を吐いた。どうしよう、すっごい気持ち分かる。さっきまで謝罪させようとしてただけに。
こんな弟を持ってしまったお兄さんが不憫でならない。
「今のうちに謝っとけ! 怒られる前に!」
「う、うう……」
「早くしろっ!!」
「ご、ごめんなさいー!!」
慌てて兄の隣へ滑り込むカルラ。土下座が増えた。絵面としては烏天狗二人がどう見てもギャルな巫女さんにひれ伏すとかいう、だいぶ妙ちきりんなことになってるけど。
謝罪表明を受けた真夏はそっと屈んで、烏天狗どもの頭を撫でた。
「いいよ、私全然気にしてないから。カルラくんもちゃんと謝れたね。えらいえらい」
「……女神か?」
ぽつりとつぶやくお兄さん。いや、立場から考えれば、そうなるのもわかるけどさ。
それより、真夏。また妖怪から懐かれてる。もう妖怪ホイホイ名乗っていいんじゃないかな、これ。
───
怒涛の週末から一夜明け、私は真夏の実家である依宮神社まで足を運んでいた。
烏天狗兄弟はしばらくの間、真夏が面倒を見るということで決定したらしい。私は正直反対で、妖怪とはいえ男の子を住まわせるのはよくないと考えていたのだけど、「依宮には玉梓がいるから、おまえが心配するような事態にはならないだろう」という本郷先輩の意見には賛成した。
土曜日ということもあり、車通りが多い。信号機の色が変わるのを待って、私は向こう側の歩道へ走った。国道を横断する信号は変わるのが早く、もたもたしているとあっという間に赤になる。
川沿いを真っ直ぐに歩いていくと、やがて鮮やかな朱塗りの架け橋が見えてきた。中央が大きく反っていて、半円のアーチが二つ繋がっている。真夏いわく、太鼓橋というつくりらしい。
私は橋板を一歩一歩踏み締め、川の上を渡っていった。けして綺麗とはいえないやや濁った水が、太陽の光を反射してきらきらと光っている。対岸の河川敷では、アキアカネの群れがすすきの近くで飛び交っていた。
橋の終点までやって来ると、道路を挟んで大きな鳥居が待ち構えていた。その下には境内へと続く石階段があって、奥には橋や鳥居と同じ、朱塗りの立派な拝殿がある。
初詣に昔、何回か来たことがあるけれど、こうしてみるとかなり広い神社だよな。
「弥生ちゃーん!」
巫女服姿の真夏が、竹箒を片手に手を振っていた。




