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天狗は自分の翼だけじゃなく、術式で風を操作することで浮力を保っている。それがなくなった今、お兄さんは一直線に地面へ叩きつけられた。
「わわっ!?」
当然、私もみるみるうちに落下していった。
着地のことを一切考えていなかったことに気づいたのは、高度が落ち始めてからのことだ。
十数メートル上空は、もう校舎の屋上より高いところだった。
これふつうに飛び降り自殺になっちゃう! 上がったのは私だけど。オカルトパワー持ってるとはいえ、私の身体はそこらへんの女子高生に毛が生えたようなものなのに。防御結界で衝撃を逃そうにも、落下中だと上手く出せないし結局めっちゃ痛いのは変わらない。
死んじゃうよりはマシと覚悟を決めて、なんとか結界を地面すれすれに展開しようと試みる。
───間に合えっ!
ぽよん。
「……あれ?」
半透明の膜が、柔らかく弾んだ。高級マットレスみたいに私の全身をしっかり受け止めてくれている。おかげで全然痛くなかった。
強張っていたのを緩めて、私は自分の中に問いかけた。
「……タマ?」
(ふふん、なかなかの心地よさだろ?)
「これ、防御結界だよね? こんなことできるの?」
(ちょっと手を入れて、設定を変えたんだ。結界術が上達すれば、こういうこともできるようになるぞ)
これには私もびっくり仰天して、思わず口元を押さえてしまった。教えてくれたときにはそんなのひとことも言ってなかったのに。
「あ……そういえば、お兄さんは? 同じように受け止めてくれた?」
(いや、そこでのびてるぞ)
私が落ちてきたすぐ横に、顔面からコンクリートの地面に突っ込んだお兄さんがうつ伏せで倒れていた。それも、残っていた魅縛蛍灯の炎で手足を拘束されながら。
「ちょ、ちょっとかわいそうじゃない?」
(いいだろ、別に。殺されかけたんだから、これくらい痛い目に遭ったほうがいい薬になる)
申し訳ない気持ちと、タマを擁護する気持ちでいっぱいになった。
逃亡を阻止するためとはいえ、なんの受け身もとれない状態でコンクリートに玉砕させちゃったのは、心が痛む。でもタマの考えももっともだし、かなり危ないところだったのは間違いない。
(おーい、真夏。いつまで呆けてるつもりだ? ほら、わたしの尾を回収するんだろ? 妖力がもとに戻れば、こいつも正気に戻るだろ)
タマからの呼びかけに我に返った私は、防御結界のサルベージシートから飛び降りてお兄さんに駆け寄った。念のためひっくり返して容体をチェックしてみる。
額が少し擦りむけてはいるけど、大きな怪我はなさそうだった。よかった。
(どこでもいい。こいつの身体に触れるんだ)
言われるまま、私はお兄さんのお腹あたりに手のひらを添えた。顔に触るのはちょっと躊躇いがあったし、かといって胸元は心臓マッサージするわけでもないし。
手のひらが完全に密着した瞬間。
私の手がお兄さんの身体を突き抜けた。
タマが主導権を取っているから、手がどうなっているのかはわからない。けれど、そこから伝わる感覚は浴槽をかき混ぜるときのような熱があった。
なにか、かたいものが指先に触れる。それを掴んで、引き抜いた。
それは、どう見ても狐の尻尾とは似ても似つかない、ソフトボールくらいの青い玉だった。
「これが、タマの尻尾……?」
(そうだ。もとの外形は妖力として取り込まれたときに消えてる。こいつに統合してたのを引き剥がして、ひとつにまとめたんだ)
そういえば、妖怪の身体は妖力でできてるって前にいってたっけ。尻尾自体が妖力で構成されてるなら、取り込んだときになくなっちゃうのも当然か。
「……いいよ、タマ。遠慮しないで」
この宝玉には狐火の術式と妖力、それからタマの欠けた記憶が詰め込まれている。尻尾を取り戻すことにわだかまりがあるのは、自分から告白してくれている。
それに、私のことを気遣ってくれたのかもしれない。妖力が増えることが私にとって負担になると。弥生ちゃんも指摘していた。
けれど、タマはいつも私の背中を押してくれたから。私が押せるときは、私がタマの背中を押してあげる。
(……ああ)
青い玉をそっと胸元に運ぶと、驚くくらいスムーズに身体の内側へ入り込んでしまった。
その瞬間。
身体中が沸騰するかのような感覚が突き抜けた。秋の冷たい風に晒されて冷えた指先に、じんわりと熱が戻ってきた。ジンジャーエールを飲み干したときみたいに、内側からぽかぽか温かくなる。
エナジードリンクって、こういう感覚なのかな。飲んだことないけど。
「う、うう……」
かすかなうめき声が耳に入った。
はっとして振り向くと、お兄さんの目元が歪んでいる。瞬きを繰り返し、額を押さえながら、むっくりと起き上がった。
鳶色の瞳が、ばっちりとぶつかった。
「い、いてて……うん? あんた…………誰?」
「気がついたみたいだね、大丈夫?」
そっと手を差し伸べると、お兄さんは訝しげに私のことをじいっと見つめた。
「妖狐……じゃない。人間、だよな? その耳と尻尾、どうしたんだ?」
「あ、これ? 可愛いでしょ。私、狐憑きなんだ」
お兄さんは口元を綻ばせ、
「そんなカチューシャみたいなノリで良いのかよ」
「へえ意外。カチューシャとか知ってるんだ。妖怪ってそういうのあんまり興味なさそうなイメージなんだけど」
「何回か、外に出る機会があってな。そのときに色々知ったんだ」
片目を伏せて、前髪をかきあげた。改めて見ると思ったより幼い寄りの顔つきをしてる。見た目通りなら私とそんなに離れてない年頃かも。
「……それはそうとあんた、視える側だろ。じゃなきゃ、おれのこの姿に驚かないはずがない」
「そうだよ〜。こう見えて神社の家系なんだ〜」
「……は? 嘘だろ、おもいっきり髪染めてるのに? 巫女服着れるのは黒髪ストレートの若い女だけじゃなかったのか?」
「今どきは多様性の時代だからね。あと若くなくても着れるから」
少しずれてるけど、人間の文化に興味はあるみたい。さっきまで暴風を起こして雷を飛ばしまくってたとは思えないくらい話しやすい子だった。
「はいはーい、改めまして。依宮です。千街高校一年、依宮真夏」
多様性と聞いて自問自答を始めたお兄さんの前に立って、差し出したままだった手を改めて前へ向ける。
「よろしくね」
「えと……木枯っす。どうも」
「コガラシくんね。そうそう、会わせたい子がいるんだ」
「おれに?」
私が頷いて校舎のほうを振り返ったとき、よろよろと飛んでくる小さな影があった。砂嵐が収まったから、こっちの状況がわかるようになったらしい。奥から弥生ちゃんと剛があわてて追いかけてくる。
「兄ちゃーん!」




