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私は勝てるのだろうか。
中庭に吹き荒れる風に横髪をなびかせながら、私は暗雲に呑まれた上空を見据えた。
数えきれないほど霊を祓ってきたけど、妖怪、ましてや天狗のような格の高い相手と対峙するのは、あまり経験のないことだった。
(……怖いか?)
タマの声がどこからともなく響いた。今は私の中に戻っているので、霊子通信を使っている。私にはタマの妖力が霊力として還元され続けているため、弥生ちゃんと違って常チャンネルが開いた状態にある。
「怖くないといえば、嘘になっちゃうかも」
(なら、それでいい。勇気と無謀を履き違えたやつから死んでいくんだ。ある程度緊張してたほうがかえって力を引き出せる)
肌を掠めて通り抜ける風をいっぱいに吸い込み、私は大きく息を吐いた。
体の奥で何かが渦を巻いている。タマの存在感だけじゃない。厄祓いにのぞむときに常にある感覚だった。たとえるなら、試験問題のプリントを開始の合図で裏返したときに近い。
わざわざ分析したり、向き合ったりする気はなかった。この感覚がどういうものかだなんて、大したことじゃない。私はなんとなくそれを理解していた。
校舎を出るとき、カルラくんにされたお願い。
ちゃんと守れるかな。
「いくよ、タマ」
両手を重ね、祈祷する。
だいたいの位置はタマが教えてくれるから、そこに向かって放てばいい。狙うは、上。滞空している相手への攻撃手段は限られているから、まずは引きずり下ろす。
「火舞羅」
強風に煽られながらも、炎の矢は闇を照らしながら一直線に舞い上がる。私はそれを追いかけ、走り出した。
すると、規則的だった落雷のリズムが途端に不規則になった。命中したのかは定かではないけど、位置も軌道もめちゃくちゃに降り注いでくる。
光の速度は音よりも速い。稲光を視認してからじゃ、人の反射神経だと避けるのはどうやっても間に合わない。
一筋の閃光が、私の頭上から落ちてきた。
「……っ!」
金属が削れるような音。半透明の膜が、雷を防いだ。
防御結界。この間、タマが「覚えないともうモフモフさせてやらないぞ」なんて言いながら教えてくれた、結界術。
習得するのにはかなり苦労したけど、こうしてみると非常に便利。
「覚えててよかった〜!」
(だからいったじゃないか。いつまでもわたし頼りだと、いい加減痛い目見るって)
「もう、またそんなこと言って。危なくなったら自分で張るつもりだったくせに」
(う、うるさい。集中しろ)
ふふっ、照れてる。照れてる。ほんと、タマは可愛いんだから。
順次防御結界を展開し直して凌ぎつつ、私は中庭の中央付近まで進んだ。サッカーゴールが向かい合うコートのあたりで、準備していた二発目の火舞羅を真上に撃ち上げた。
今度ははっきり手応えがあった。
稲光が辺りを青白く照らした。その一瞬、停電で明かりの消えた新校舎の窓に、上空を飛ぶ人影が映り込んだ。カルラくんと同じ、山伏風のシルエットだった。
(……当たったのは翼の先端か。もう少し内側なら撃墜できたんだけどな)
タマが頭の中で唇を噛んだ。ほんの一瞬しか見えなかったけど、飛行姿勢が乱れているのは私にも分かった。浄化技は肉体のある生身の妖怪には効きづらいのだけど、これならいける。
間髪入れず、私は三発目の火舞羅を撃とうとした。
しかし、そこで異変に気づいた。
それまで身体が飛ばされそうなくらいに強く吹いていたはずの風が、ぴたりと止んでいた。
次の瞬間。
「わっ!?」
風が中庭の周囲を回転し始めた。スプーンで砂糖をかき混ぜるように。あるいは時計の針が進むように。巻き上げた砂を取り込みながら、速度を増していく。
みるみるうちに風は巨大な竜巻へと変貌を遂げた。砂塵を大量に含んでいるから、砂嵐といってもいいかもしれない。
直後、落雷が矢の雨のように降ってきた。さっきまでとは違い、落下地点が集中している。明らかに私を狙ってきていた。
しかも、それだけじゃない。
一発、二発。雷を受けた防御結界にひび割れが起きた。
「やばっ……!」
即座に追加の結界を展開したことで難を免れたものの、あのまま三発目を受けていたら貫かれていたところだった。
防御結界の強度は私の霊力依存だから、それ以上の威力を受け止めると壊れてしまう。
雷の範囲を狭め、出力を上げてきた。タマによると、雷神通は風神通に比べてそれなりに運用難度が高いのだとか。それを差し引いたとしても、今の状況から察するに、一撃で結界を破ってくるのも時間の問題だろう。
その前に、地上へ落とす。目指せ短期決戦。
防御結界を並行して、私は三発目の火舞羅を螺旋の中心に向けて放つ。いくら竜巻の中にいても、妖力がある以上位置関係は誤魔化せない。
しかし、ここで火矢が想定外の挙動をとった。
竜巻の中に突入した瞬間、真っ直ぐだった軌道がずれた。強風の最中でもものともしなかったのに、炎は渦に呑み込まれ、あっけなく消えてしまった。
「……タマ、これってすっごくまずい気がするんだけど」
(渦の回転に流されたうえに、巻き込んだ砂が壁として機能してる。こうなると、いくら火舞羅でも突破するのは至難の技だな)
「それに、あの竜巻さっきからちょっとずつ動いてない?」
(おまえを中に閉じ込めて、身動きがとれなくなったところを撃ち抜く算段だろうな。落雷の位置を調整しながら追い込んできてる。なかなか巧いじゃないか)
「感心するのはいいけど、タマも防御結界出してよ。このままじゃ、本当に飛ばされちゃうよ」
私の結界だと、既に一発防げれば御の字といったところ。まだ直撃は避けられているけど、気を抜いたらすぐに黒焦げになりそうだ。
(まあ、このままだとジリ貧なのは間違いない)
二枚重ねの防御結界が、落雷を防いだ。外側はタマが展開してくれたものだ。目に見える反動もなく、完璧にシャットアウトしていた。
やっぱりタマのほうが妖力多いから、強度全然違うんだよね。
(仕方ない、あれを使うか)
ため息混じりなタマの声が、私の頭に響いた。




