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雷が落ちた衝撃で我に返った私は、玉梓の顔色が明らかに変わっていることにすぐに気づいた。力なく垂れていた尻尾が、今は落ち着きを失って四方八方に揺れていた。
真夏の上から飛び降りて、カルラの胸ぐらを掴み上げた。
「おい、おまえの兄貴は神通力をいくつ使える?」
「えっ……ええと……」
「いいから言えっ!」
しどろもどろになりながらも、カルラは絞り出すように声を漏らした。
「みっ、三つ。三つだよ」
「転身通と伝心通は? やれるのか?」
「……ううん。雷神通を先に覚えてた」
「使えないんだな? なら残りは霊縛通か?」
必死で首を縦に振るカルラを突き放し、玉梓は唇を舐めて潤した。瞳に鈍い光が宿った気がした。悪いことを考えてそうな目つきだ。
「……上等だ。手札が割れてればいくらでもやりようはある」
落雷はさっきより一層ひどくなっている。蛍光灯の明かりが一瞬だけ切れかけた。稲光と雷鳴が断続的に繰り返され、太鼓でも叩いているかのような一定のリズムを刻んでいた。
「タマ、この雷……」
真夏が真剣な顔つきになった。玉梓は彼女の考えていることが分かっているように短く頷き、淡々と語り出した。
「思った通りだ。近くにもうひとつのわたしが来てる。妖力の大きさと質から考えて、こいつの兄貴が持ってるとみて間違いない。なんとなく似てるしな」
「ほ、ほんと!? 兄ちゃん、生きてるの!?」
大喜びのカルラとは対照的に、生徒会室には冷え切った空気が流れていた。私たちの中で笑っているのはひとりもいなかった。
九尾の尾を取り込んだ敵の脅威は、嫌というほどこの身に染みついている。昇降口を破壊した骨の怪物は、今でも夢に出て来るくらいだ。
この間の事件で培ったことから推理すると、置かれている状況の不味さが手に取るように分かる。
「ね、ねえ。前はただの怨霊っていってたよね。烏天狗が尻尾を持ったとしたら……」
「ああ。間違いなくガシャドクロの近似霊より遥かに強いだろう。単一の怨霊と妖怪とでは、保有している妖力量の桁が違う」
伝ってきた汗を拭いながら、先輩が私の意見を代弁した。動揺しているのを必死で自制しているのが見てとれた。
「勝算はあるのか? ……いや、だからこそ先に問い詰めたのか」
「そういうことだ。面倒くさい技がないなら、今のわたしでも十分過ぎるくらいだぞ? それに、例の事件も犯人が兄貴のほうなら説明がつく。わたしの尾で力を得たことで術式の出力が上がったなら、看板を吹き飛ばすなんて簡単だろう」
これを聞いて、私は一連の事件の真相を脳内にて整理した。
風を起こしてスカート捲りをしていたのはカルラ。その動機は完全な悪戯で、これは私たちが捕まえたうえでとっちめた。まだこいつ、謝ってはいないけど。
けれど、菅原先生が病院送りとなった原因は、カルラではなかった。九尾の尾を手にした兄のほうで、それが現在この近くまでやってきている。でも、どうして千街高校に来たのかは分からない。
そして、ここまで思考を巡らせた私はあることに気がついた。重大な問題が、まだ残っていることに。
「……待って。それって、カルラの兄貴が意図的に風を起こしたってことなの?」
カルラの場合はお遊び感覚とはいえ、故意だったという自覚があった。なら、兄貴のほうは?
人を傷つけるつもりで風を起こしたのか。仮にそうだとするなら、弟よりもタチが悪い。
そのとき、また稲光が閃いた。ガタガタと窓枠が揺れて、雷鳴に加えて風切り音が入り混じる。まるっきり台風がやってきたみたいだった。
「さあ? なんのためにしたかだなんて、わたしには関係ないことだ。そんなこと考えたところで、術式で雷を落としてるのは変わらないだろ。わたしはわたしのものを取り返す。それだけだ」
「うむ。このままではこの周辺一帯が停電してしまう。まだ電気設備には直撃していないようだが、そうでなくとも一般人に命中すれば大事だ。早期解決に越したことはない」
本郷先輩が肯定したのを見て、私も雷が周囲にもたらす危険性を忘れかけていたことに気がついた。コンセントプラグの感電事故でも命に関わるというのに、ましてや落雷をまともに受けたらと思うと。
うん、あまり考えたくはない。
「……よしっ。じゃあ剛、少しの間部屋から出てくれる? 私着替えるから」
真夏が腕を伸ばして頼むと、本郷先輩は無言で顎を引き、カルラを連れて退出しようとした。
「ちょっと、真夏。なんで着替えるの? 必要ある?」
私が尋ねると、真夏は制鞄の留め具を外し、中からあるものを取り出した。それは、巻物のように円筒形に丸め、輪ゴムをかけた白い紙だった。
「タマは和服のほうが落ち着くんだって。それに、天狗相手なら気合い入れていかなきゃだし」
彼女が輪ゴムを取り外すと、表に描かれた紋様がはっきりと見えた。ああ、なるほど。これも霊符なんだ。
机の上で完全に広げられた瞬間、霊符は溶けるように消えてしまった。その代わりに白衣と緋袴、黒革のブーツがどこからともなく姿を現した。
「何これ、どうやったの!?」
「圧縮霊符だよ〜。貼り付けた服を小さくして持ち運べるんだ。弥生ちゃんも一枚どう?」
クリアファイルから同じ柄の用紙を取り出す真夏。私の脳内でふと、記憶の扉がノックされる音がした。
千街デパートの怨霊をやっつけたとき、真夏がいつの間にか巫女服に衣装替えしていたことがあったけど、こういうことだったらしい。
「いや、たしかに便利だけど……使ったら消えちゃうのかあ」
「霊符ってそういうものだからね。あ、そうそう。重さは変わらないから注意してね。あんまり多いと大変なことになっちゃうから」
「というか、今更だけどブーツなんだ。草履じゃなくて」
「私、運動できる子なので」
真夏がカーディガンを脱いで、胸を張った。
その瞬間、一際大きな轟音と共に、生徒会室が青白い光に包まれた。それが致命傷になったのか、既に点滅しかけていた蛍光灯はぷつりと切れてしまった。




