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本郷先輩が聞き返した。獲物を見つけた猛禽類のような鋭い視線が、私を射抜く。
「どういうことだ? スカート捲りの件とはまた別の話か」
「あれ、真夏から聞いてなかったんですか」
「いや、初耳だが」
眉をひそめ、訝しげに彼女を見つめる先輩。事前に連絡してたなら、そのとき伝えておけば良かったのに。
仕方なく私が説明しようとすると、それよりも先に玉梓が口を開いた。
「違う。こいつの仕業じゃない」
地平線の彼方で抵抗していた太陽が完全に沈みきり、カーテンの向こうは途端に真っ暗になった。蛍光灯の明かりが照らす下で、玉梓はぴくぴくと耳を動かして腕を組み上げた。
「犯人がなにかの術で看板を吹き飛ばしたなら、それにはかなりの出力が必要だ。団扇がないと風を起こせないようなやつが、そんなことできるわけがない」
「……今さらっとおいらのこと馬鹿にしただろ」
文句を言いつつも真夏の影に隠れる相変わらずの内弁慶っぷり。まったくもう、本当に懲りないやつ。
「……依宮。まさか、このことを知っていたのか? だから俺に情報共有しなかった、と」
「うん。最初にこの子を見つけたとき、すぐに分かった。天狗みたいに格の高い妖怪だったら、あれくらいの拘束術を自力で破るくらいわけないよ」
言われてみると、あのときから違和感はあった。
段ボールからカルラを解放するとき、真夏は「縛りを解く」と言っていた。犯人はかなり強い妖怪じゃないかと推測していたにも関わらず、軽率な判断をしたことが心のどこかで引っかかっていたのだ。
「なるほどな。結果として拘束を破れなかった以上、確かに本人の力量には疑問が出てくる」
「天狗が神山から降りてくることなんて滅多にないしな。大半が術式を極めることに心血注いでるような連中だ」
「神通力、だよね。天狗の術式。天候操作ができる有名どころなんだって前にタマから教えてもらったんだ」
「まあな。けど、別に天気を弄るだけじゃない。読んで字のごとくだ。便利な技も多いし、使いこなせるなら普通に厄介な術式だ」
玉梓はふん、と鼻を鳴らしてつま先をカルラが座る椅子へ向けた。口の端が吊り上がり、意地の悪そうな微笑みを浮かべている。
「残念だな。いい術式持ってるから、わたしが有効活用してやろうと思ったのに」
ぎりぎり、と烏天狗が歯を食い縛った。
「ぐぐ……今に見てろ。いつか絶対、ぎゃふんと言わせてやるからな!」
「千年修行しても足りないぞ。まあ、お子ちゃまには理解できなくて当然か」
「おまえだってお子ちゃまじゃないかー!」
「生憎と、こう見えてもわたしは九尾だからな。そこらの妖怪とは踏んできた場数が違うんだ」
すると、カルラの彼女を見る目がみるみるうちに変わっていった。目を大きく見開き、椅子の上でじたばたしていたのがぴたりと止まった。
「九……尾。じゃあ、お師匠様が封印してたのは……」
カルラはなにかを思い返すように眉を寄せ、深く俯いた。その顔には、暗い影が差し込んでいた。
「……おい」
刹那。玉梓が椅子を飛び越え、カルラの首根っこを掴み上げた。勢いのまま机の上に登った彼女は、まさに鬼気迫る表情を浮かべていた。さっきまでの剣呑とした空気から一変、嵐のような怒号が可憐な唇から吹き荒れた。
「知ってるんだな、わたしを! 九尾の尾を!!」
カルラの身体が宙に浮いた。あの華奢な細腕とは思えないほどの力だった。首を絞めている指を外そうと、もがいてはいるものの、顔色はどんどん青くなっていく。玉梓の毛並みがざわざわと逆立って、熱を帯びていった。
まさか、本当に焼き殺すつもり!?
「タマ、だめっ!」
真夏が飛びつくように彼女を後ろから抱き抱えた。妖狐の少女は腕の中にでも顔色ひとつ変えず、口を歪め、棘のある口調で噛み付くように吼えた。
「止めるな、真夏。わたしは───」
「分かってる」祈るような声色だった。
「伝わってるよ、言わなくても」
真夏の腕に力が込められるのがわかった。玉梓の肩にそっと顎を載せる。恋人がおねだりするみたいに、下から覗き込んだ。
「…………ね?」
読唇術ができるわけでもない私には、口の動きだけだと友人が何を伝えたのか、さっぱりわからなかった。
けれど、効果が大きいのは見てとれた。
ぐっと開いていた玉梓の目がちょっとだけ緩んだように感じた。下唇を喰み、かかった息がこそばゆいのかとんがった耳がぴくんと跳ねていた。
「……分かってるなら、もう少し畏まった態度をしてもらいたいんだけどな」
そうつぶやき、とんとんと真夏の肩を叩いた。何も言わず席に座り直した真夏に、今にも事切れそうになっている烏天狗を預けた。
「げほっ……! けほ……!」
喉を抑え、むせかえるカルラに、隣の椅子に腰を下ろした玉梓は氷のように冷たい声で言い放った。
「一回だけチャンスをやる。おまえが知ってることを、全部吐け。でないと羽を燃やして、二度と飛べない身体にしてやるからな」
青ざめたままのカルラに、真夏は諭すように語りかけた。
その顔に、もうあの柔らかな笑みは浮かんでいなかった。
「……お願い。話してあげて。その間、私がずっと側にいるから」
戸惑い、困惑して、カルラはまじまじと真夏を見上げた。
それから目を伏せ、深呼吸をしてから、烏天狗はぽつり、ぽつりと語り出した。




