21
自信たっぷりのドヤ顔を見せつけられた私は、時が止まったかのように少しの間、フリーズしていた。その間、お子様烏天狗はまん丸と顔を膨らませて跳躍し、性懲りもなく真夏の腕へ飛び込もうとする。
「おいらにもそれ、やらせろー!」
腕を広げて落ちてくるカルラ。その顔面を、玉梓の尻尾がまるでハエ叩きのように横殴りした。滞空している途中で撃墜された烏天狗が、べちんと床に叩きつけられる。
「ふぎゃっ」
鮮やかなカウンターを決めた玉梓が、当たり前のように真夏へ身を寄せる。
「これでもまだ力の差がわからないか。それとも単に考えるだけの頭が足りてないのか?」
面倒くさそうにため息を吐く玉梓に、私は思わず声を大にして叫びたくなった。
いや、あんたも大概同じようなことしてるから! むしろ天狗よりタチ悪いんじゃないの、これ。
「うう……自分だけお姉ちゃん独り占めするなんて、ずるいぃ……」
ひっくり返ったカブトムシのように、カルラは手足を上下左右にぶんぶん動かしている。威勢のよさはどこへやら、完全にお菓子売り場でおねだりする駄々っ子そのものになっていた。
玉梓はごろごろ喉を鳴らし、聞きたくない、とでもいうかのようにぱたりと尖った耳を伏せた。さっきから本当に狐なのか疑わしい行動が多い。
「……ねえタマ。ちょっとやり過ぎなんじゃ……」
真夏が眉をひそめると、玉梓は半眼になり、顔を上げて彼女をじいっと見つめた。不満そうに唇を尖らせている。
「ふうん。やけに肩を持つじゃないか。わたしよりあいつのほうが好みなのか?」
「そ、そうじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
真夏は一度言いかけた言葉をそっと呑み込み、どこか寂しそうな表情でぽつりと呟いた。
「……今日のタマ、ちょっとだけいじわる。いつもはこんなことしないのに。どうしちゃったの?」
きょとん、と玉梓の目が丸くなった。それから少しだけ首を傾け、微笑んだ。
「なんだ、そんなことか」
彼女は小さく息を吐き、腕を真夏の首に回して頬に擦り寄った。それは、数々の毒を吐いてきた狐っ子にしては見違えるほど、穏やかで優しい声色だった。
「決まってるだろ。それだけおまえがわたしにとって、特別なんだよ。もう少し、その自覚を持て」
私は思わず息を呑んだ。
玉梓って、真夏に対してだけはなにかと甘かったけど、こんな素直に気持ちをぶつけるようなやつだったっけ。
真夏の言う通り、少し変わったのかもしれない。
「そんなに堂々といわれると……こっちも恥ずかしいよ」
「ふん、たまには仕返しさせろ。おまえだって、本当はおぼこいくせに」
周囲をそっちのけで繰り返す二人のやりとりを見て、カルラが目尻いっぱいに涙を浮かべながら、掠れた声を響かせた。
「おいらのこと、無視しないでよお……」
もう私につかえていた溜飲は、すっかり溶けてなくなっていた。むしろ玉梓のやり方を思えば、少し同情してしまうくらいだ。そこで、私はある思いつきを口にした。
「そんなに羨ましいなら、玉梓みたいに真夏と双魂になればいいじゃん。私としては癪に障るけどさ」
カルラの表情がぱっと明るくなった。萎れていた翼に張りが戻り、跳ねるように起き上がった。
すると、玉梓の顔がみるみるうちに険しいものへと変わっていった。私とカルラに刃物のような鋭い視線を向け、吐き捨てた。
「馬鹿かおまえは。ろくに考えもせず、知ったような口を効くな!」
あまりの剣幕に、私は背筋が凍りついた。有無を言わせない迫力がある。毒舌でも、淡々としている玉梓が、ここまで声を荒げるなんて。
どうしていいのか分からず、私がおろおろしていると、それまで沈黙を貫いていた本郷先輩が重い口を開いた。
「その通りだ。塚貝、お前が思っているほど、双魂は軽い存在ではないぞ」
本郷先輩は玉梓を見つめ、深く頭を下げた。寸分違わぬ姿勢が、終業式の挨拶を思い起こさせる。
「気分を害してしまったことを詫びさせてくれ。お前たちの境遇を思えば、当然の反応だろう。だが、どうか許してやって欲しい。依宮にとっても、こんなことでお前と別れるのは本意ではないはずだ」
玉梓はゆっくりと正面に向き直った。彼女の肩越しに見えた真夏は、とても辛そうな表情をしていた。そっと玉梓を抱き締め、優しく言葉を紡いだ。
「タマ、お願い。弥生ちゃんも、悪気があったわけじゃないよ。私、全然気にしてないから。……ね?」
「……ふん」
振り払うように身体を震わせ、玉梓は肩を落とした。その様子を見た本郷先輩が小さく息をつき、私を見据える。
「塚貝。前もって説明していなかったこちらにも非はあるが、今の発言はあまりに軽率としかいいようがない。今後は控えるようにしてくれ」
「え、えと……それは構いませんけど。私、そんなに責められるようなこと、言いました? 双魂って、真夏が玉梓を受け入れてるってことですよね」
「はっきり言おう。お前のその認識は間違っている」
本郷先輩はぴしゃりと私の意見を否定した。額には深い皺が刻まれている。彼はゆっくりと目を伏せ、ソファの脇に置いてあったホワイトボードを引っ張ってきた。
キャスターのからからと鳴る音が、生徒会室に響く。
「依宮が導いた以上、お前は知らなくてはならない。この二人が、どれほど特異な存在なのかを」




