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激動の昼休みから二限分の授業を終えた私たちは、終礼時間に徳川先生から、休憩時間の過ごし方についてみっちりと指摘されてしまった。
これには女子一同から多くの不満の声があがった。迷惑をかけられた側が後始末の余波を受けるのは、私も思うところがある。
特に遠山さんは終礼後も、騒動の元凶となった萩原に文句を垂れていた。
「ほんとムカつく。なんであいつのせいで、帰るのに二十分もとられるわけ。先生も先生で話がネチネチ長いけど、もとはといえば萩原が悪いんじゃん」
ほぼ全ての女子が、この意見に同調していた。
私と真夏とだけは、ヒートアップし続けるその輪には加わらなかった。授業開始ぎりぎりまで教室にいなかった子たちに関しては、状況がわからないのか途方に暮れている様子だった。
だけど、私はそんなことを気にしている余裕はなかった。手短かに支度を済ませ、私は真夏のほうに駆け寄った。
「ちょっと、生徒会室に何を運んだの?」
誰にも聞こえないように耳打ちすると、彼女は口元を緩め、制鞄を肩にかけた。
「知りたいなら、今日も付き合ってくれる? 弥生ちゃん」
それだけ告げると、彼女はゆっくりと椅子を机に近づけた。うさ晴らしに遊びに行こう、という周囲からの誘いを跳ね除け、私は真夏のあとを追いかけた。
三階まで上がる途中、何人かの生徒とすれ違った。週末を控えているからか、部活動へ向かう生徒は少ないらしく、ユニフォーム姿の生徒はあまり見当たらない。
生徒会室の前に着くと、擦りガラスの向こうは照明が付いているのがわかった。真夏が入り口のドアを三度ノックする。
「どうぞ」
返答があった。私たちは素早く身体を部屋の中に滑り込ませ、ドアを閉めた。
声の主は、やっぱり本郷先輩だった。
長机を二つ合わせたテーブルの真ん中に、ガムテープで封をした段ボールが置いてある。
「内鍵をかけてくれ。今日は俺ひとりだ」
いわれるまま、私は黒の突起を上に押し上げた。
本郷先輩がテーブルを挟んで右側、私たちはその向かいのパイプ椅子に腰を下ろす。
生徒会室に来るのは先日の一件以来だけど、相変わらず整理整頓が徹底されている。先輩の性格をそのまま写したみたいだ。
「ごめんね、剛。ここしか思いつかなくて」
「気遣いならいい。実体のある妖魔をそのままにしておくほうがリスキーだ」
本郷先輩の返答に、私は引っかかりを覚えた。
「あの、霊って実体がないんじゃ……」
「より正確に言うならば、アストラル体と質量を伴う肉体とでは相互干渉が出来ない、という法則が働いているんだ。ただし、全ての妖魔がそれに適用されるわけじゃない」
難しい単語の連続に、私が疑問符を浮かべていると、真夏が自分の胸に手を当てて微笑んだ。
「つまりね、タマみたいにもともとの身体を持ってない子もいれば、自分の身体を最初から持ってる子もいる、ってことなの」
本郷先輩がこっくりと頷く。
「怨霊と妖怪とでは成り立ちからして違うからな。感情の残滓、エネルギーの塊である霊体に対し、妖怪たちは俺たちとは別の世界の住人たちだ。見えなくとも、そこには必ず存在している」
この説明に、私は思いあたる節があった。前に似たような表現を、玉梓がしていたからだ。
じゃあ、この段ボールに入っているのは……
「妖怪、なんだ。この段ボールに入ってるの」
「そゆこと。後ろからこっそり近づいて、捕まえちゃった」
「こんなので捕まるほうが驚きなんだけど……」
「霊符で簡単な拘束術ができるからね。弥生ちゃんも練習すれば使えると思うよ」
真夏は制鞄のサイドポケットから、紋様がいくつも描かれた白い紙を、何枚か取り出してみせた。
果たして、そんなティッシュペーパーみたいな扱いでいいのだろうか。
「ちょっと待ってね。今から縛りを解くから」
「え、でもそれだと出てきてから暴れるんじゃない?」
「心配するな。不測の事態に備え、取り押さえる準備は万全だ」
本郷先輩がぽきぽきと指を鳴らす。言葉の端から自信たっぷりの彼の口角は、思わず引いてしまうくらい吊り上がっていた。
いや、むしろ先輩のほうが怖いまである。初対面で気の弱い子にそれやったら、本当に泣いちゃうよ。
「あ、そういえばなんだったの? 犯人の妖怪」
「ふふっ、それは開けてみてからのお楽しみ」真夏が口元で人差し指を立てた。
「俺も聞かされてないからな。霊符での拘束が通じるなら、そこまで格のある妖怪ではないとは思うが」
私はますます、段ボールの中身に関心が湧いた。それは真夏にも伝わったようで、霊符の一枚を人差し指、中指で挟んで掲げ、静かに呟いた。
「……エロイムエッサイム〜エロイムエッサイム〜」
あれ? これってたしか悪魔召喚の呪文なんじゃ。
私は思わず先輩のほうへ視線を向けた。
案の定、彼が頬を引き攣らせているのが見えた。普段稼働していない表情筋がぴくぴくと動いている。
やっぱりこれ、真夏のおふざけじゃん!
「……依宮。それは拘束解除の呪詞ではないと思うが……」
「ごめんごめん。ちょっとだけ、弥生ちゃんをからかってみたくなっちゃって」
ちろっと舌を出してみせる彼女。
いや、かわゆいけどさ。こう悪びれなく白状されると、こっちも反応に困る。
真夏は「お詫びの印」と私の頬を指先で軽くつついた。温かい何かが流れるような感覚。
どうやら、霊力を渡してくれたみたい。前はわからなかったけど、今はなんとなくわかるようになってきた。
「じゃ、改めて。───開」
すると、段ボールの中からぼんやりと光が漏れた。
というか、そんなに短いの? さっきと全然違うじゃん。
「よし、開けるぞ」
がたがたと段ボールが机の上でひとりでに動き始めた。本郷先輩がガムテープを引き剥がすと、勢いよくなにかが飛び出してきた。
それは、山伏風の衣装を身に纏い、黒い羽を背中に生やした、小さな男の子だった。




