幕間 剛の葛藤
B5サイズのルーズリーフ用紙が、ワークデスクを埋め尽くそうとしていた。新たなシャープペンシルの芯をケースから取り出しながら、俺は開いたままのデスクトップ画面を見据えた。
「九尾の尾、か……」
モニターには、未だやりかけの報告書が映し出されている。先程から幾度となく修正と削除を繰り返し、進捗は完全にストップしてしまっていた。
夕刻に妖狐から聞いた話を反映させるべきか、否か。俺はまだ、その結論を出せずにいた。
「やはり、然るべきところには報告するべきか」
依宮は報告書の提出に関して、何も言っては来なかった。事務作業を丸投げするのはあいつらしいが、今回に限っては口を出してくれたほうが有難いと思えた。
なにせ、九尾に関わる報告は依宮自身にも影響がある。ただでさえ貴重な双魂、九尾を宿す人材。従来はそれだけでも周囲が注目する存在だった。
だが今後、妖狐が更に力をつけていくとなると、もはやその影響力は計り知れない。
双魂が霊を使役するための鎖、という認識は霊能関係者の中でも一定数存在する。何故ならば、現存する双魂のほとんどは、霊体を便利な式神のように扱うような連中ばかりだからだ。
依宮が妖狐を手懐けていると勘違いしている馬鹿者共が、彼女の身柄を確保するために動き出すことは、容易に想像出来る。
そうなれば、依宮は俺の手の届かないところへ行ってしまうだろう。
最悪の場合、千街高校も強制退学という事態になりかねない。
「……ふざけるなよ」
ルーズリーフを握り潰し、俺は高笑いする糞野郎どもの顔を思い浮かべた。
依宮と妖狐は対等だ。それも、双魂としては絵に描いたような、理想的な関係を築けている。
それは、長く奉仕活動を共にしてきた俺が、一番良く知っていることだ。紙一枚だけを頼りに人の行く末を決めるような連中に、なにが分かる。
そのとき、依宮の顔が目に浮かんだ。
視線を落とし、今にも泣き出しそうな、暗い表情。その彼女に、無数の黒い手が我先にと迫る。
「近寄るなっ!」
俺は彼女の前に立ちはだかり、伸びてくる手を跳ね飛ばした。押し寄せてくるそれらをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。迫る腕が消えるまで弾き飛ばした。
息を切らした俺の腕に、依宮が自分の手を絡めてくる。
「剛……」
それは、明らかに俺を慕───
「───はっ?」
スマートフォンのバイブ音が、耳元で鳴っていた。
俺は大きくため息を吐き、画面をスワイプすると、目障りなそれをベッドへ放り投げた。
「夢か……」
眉間を押さえ、椅子にもたれかかった。どうやら気づかない内に眠りこけてしまったらしい。
凝り固まった肩を回し、俺は付けっぱなしになっていたモニターを見つめた。
一夜を持ってしても、満足な回答は得られなかった。事細かに詳細をまとめたルーズリーフは、朝日に照らされ、連ねた字が浮き彫りになっている。
俺は頭を掻きむしり、それらをぐしゃりと丸めると、デスク下のゴミ箱に放り込んだ。マウスのカーソルを合わせ、昨晩から何も書き足すことのなかった報告書のファイルを保存する。
全てのソフトを一括で閉じ、パソコンの電源を落とした。




