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下顎骨が大きく開き、骨の巨体は動き始めた。地面を這うようにして、玉梓を目掛けて噛みつこうとしてくる。
「……タマっ!」
真夏が呼びかけるより僅かに早く、玉梓の姿が再び消失した。耳と尾を取り戻した真夏が、迫る顎の側面に蹴りを放つ。
ぎい、と骨が軋んだ。
慣性でやや進行方向が逸れたものの、ガシャドクロに大きなダメージは見受けられない。
「硬っ……流石にこんなんじゃダメか」
唇を舐め、背後に跳躍する真夏。ガシャドクロの眼窩から炎が溢れ出し、彼女の立っていた位置に降り注いだ。
それを見た本郷先輩が目を細め、顎を撫でた。
「あの炎、遠距離でも攻撃が出来るのか。厄介だな……」
「先輩、あの……勝てますよね。真夏」
「流石に領域の主ともなると、いくら依宮でも楽勝というわけにはいかないな。発する言葉は拙いが、ここまでの立ち回りを見る限り、頭は回る」
私は静かに頷いた。
真夏も、玉梓も、本郷先輩も、見かけによらずいろんな一面がある。相手がカタコトだからって侮るのは絶対に違う。
「焔玉」
真夏の手から火球が放たれた。右の指の第二関節、五本全てに命中する。指の骨の繋ぎ目が焼け落ち、ガシャドクロが大きくよろけた。
「おっ、浄化技効くかんじ?」
体勢を崩したガシャドクロに、真夏はこの機を逃さず一気に距離を詰めた。再び眼窩から青白い炎が無造作に放たれたものの、角度がないため当たらない。
彼女は手を祈るように合わせ、ガシャドクロの手の甲に飛び乗った。残った左手で、はたき落とそうとする骨の巨人。
真夏は、待ってましたとばかりに左手の指を踏み台に跳躍した。
「火舞羅」
真夏の手の中に、炎の矢が出現する。
親指、人差し指、中指の三本に沿うように、矢尻が形成された。ガシャドクロの眼窩目掛け、矢を放つ。
空気を引き裂き、甲高い音を立てながら、火矢は青白い炎と衝突した。
刹那。火炎同士が混ざり合い、ガシャドクロの巨体は炎に包まれた。
「オオオ、オオ……」
天を仰ぐガシャドクロの身体が、炎の中で溶けるように消えていく。胸部、腕、首が消失し、頭蓋だけの姿になった。
それでもまだ、ガシャドクロは完全には朽ちていなかった。燃え盛る火勢の中心で、不気味な声をあげていた。
「なに……笑ってるの?」
頭だけの状態で、顎を上下させている。
猫のようなしなやかさで、華麗な着地を決めた真夏が、驚愕の表情で目を見開いた。
「マジ? 大抵の霊なら火舞羅の一発で充分なのに」
(腐っても、尾か)
玉梓の声が私の頭に響く。霊子通信を再開したみたいだ。
「どうしよ、タマ。もう一回、撃ち込んでみる?」
(……いや、ちょうどいい。久しぶりにあれを使うか)
頭の中で、玉梓が宣言した。
(いい機会だ。おまえらにも見せてやる。わたしの本当の炎を)
真夏の周囲で、熱風が巻き起こった。上向きの風が、彼女の前髪をかきあげる。
(真夏、少しだけわたしに身体を貸せ)
「うん、いいよ。タマに任せる」
真夏は深呼吸をひとつ挟み、右の手をかたく握り締めた。空気が歪み、輪郭がぼやける。季節外れの熱気に、私の額を汗が伝った。
その目つきは、真夏のものじゃない。玉梓が本当に乗り移っているようだった。
「───狐火」
真夏は口元を緩め、囁くように言葉を紡いだ。
右手を開くと、炎の柱が立ち昇る。炎の柱は意思を持つかのようにゆらゆらと揺らめいて、やがて一筋の帯に変化した。帯の両端が、互いを求め合うように結びつく。
「───極彩火輪」
真夏の手が、円になった炎を掴む。
それは、形容するなら炎の輪。
私はその姿に先日、期間限定フェスに追加されたばかりのキャラ、ナタタイシが手に持つ武具、乾坤圏を重ねていた。
真夏は円環を手にしたまま、狂ったように笑い続けるガシャドクロを見据えた。
突き出すように、円環を構える。
「他人の力で悦に浸って満足か。ずいぶんお粗末な器だな」
それはガシャドクロへの言葉というより、また別の誰かへ向けているようだった。
「餞別代わりだ。わたしのとっておきをくれてやる。───最期は、綺麗に天へと還れ」
真夏は大きく振りかぶり、炎の輪を投げた。
横回転に放たれた円環は、空中で踊っているかのような不規則な軌道を描き、未だガシャドクロの眼窩に燻る、青白い炎に吸い込まれていった。
その瞬間。
ドンッ!!
大きな爆発がガシャドクロを襲った。
しかも一度だけじゃない。爆発は連鎖する。
頭蓋は反動で大きく浮き上がり、より高く舞い上がっていった。
歯切れのいい連続した炸裂音が鳴り止んだとき、ガシャドクロの姿は見えないほどの高さまで押し上げられた。
私は、先輩と並んでその光景を見上げていた。
そして、すっかり暗くなった空が静けさに包まれた、そのとき。
一際大きな炸裂音と共に、黒一色のキャンバスが鮮やかに彩られた。それはまるで、真夏の夜空を彩る、打ち上げ花火のようだった。
玉梓の声が、頭に響いた。鼻にかける彼女の姿が、脳裏に浮かんだ。
(ふん、弱すぎ)




