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口ではいったものの、身体は気持ちに追いついてはくれない。事実、階段を降りるのに何度も足を滑らせかけ、その度に真夏に支えてもらう有様だった。
「……怖い?」
「ぜんっぜん」
痩せ我慢だった。
でも、口にしないと身体から力が抜けてしまいそうで、私は何度も自分に言い聞かせた。
(戻るなら、今のうちだからな)
玉梓の声が悪魔の誘惑に聞こえた。そうしてしまえば、どんなに楽になれるだろう。
でも、自分で決めた以上、曲げたくなかった。
「……大丈夫」
私の震える手に、真夏が自分の手を重ねた。
秋の半ば。彼女の手は少しひんやりとしていた。それなのに、不思議なくらい温かかった。
「たとえ、どんな霊が相手でも、私が弥生ちゃんには手出しさせないから」
真夏は私の顔をしっかり見据え、微笑んだ。その表情は、いつもの彼女が見せる、優しい笑顔。
私は不思議と、自分が落ち着いていくのがわかった。なんだか魔法使いみたいだ。
「真夏……」
(それ、わたしのおかげってこと、忘れるなよ)
「もちろん。頼りにしてるね、タマ」
(……ふん)
私は真夏と顔を合わせ、思わず笑ってしまった。
玄関口で外履きのローファーに履き替え、私たちが向かったのはグラウンドだった。
そこでは頬に擦り傷を負った本郷先輩が待っていた。
「……無事だったか、塚貝」
先輩は顔を合わせるなり、謝罪の言葉を口にした。悔しさで口元を歪ませている。
「本当にすまない。俺の判断ミスだ。依宮が術者を倒すまで、おまえの側にいるべきだった。まさかあんなブラフを仕掛けてくるとは……」
「ブラフ、ですか?」
(自らを囮として使ったんだ。わたしたちが到着する直前、わざとまた気配を消した。目的は戦力の分断、といったところだろうな)
「なんで、そんなこと……」
「弥生ちゃんの霊力を美味しくいただくためだよ。この学校で、私たちより霊力が高い人はいない。だったらその中で弱そうなのから狙うのは、理にかなってるよね」
私は思わず、身を固めるように二の腕を抱きしめた。
信じられない。霊にそんな知恵があるだなんて。
「……思い返せば、違和感はあった。倒した骨の霊体が、死体のようにその場に残っていたからな。通常なら、すぐに消失するはずなんだ」
「あ……!」
その瞬間、私の脳に稲妻が走った。
確かに、動かなくなったスケルトンはそのままの状態だった。玉梓が踏み台にして窓に上がったのも、お行儀が悪いな、くらいにしか思わなかった。あのどす黒いスライムもどきは、真夏の火矢であっさり消えていたのに。
骨が残るのがあまりに自然で、疑いもしなかった。
「私も気づかなかった。多分、最初からそういう認識を利用した作戦だったんだろうね。まんまとハメられちゃった」
「おそらく、あの百足のような姿は倒された霊体が融合したものだろう。手下を矢継ぎ早に繰り出す霊はよくいるが、やられた後で再利用する霊は、俺も初めてだ」
「単純に厄介だよね。しかも、ちゃんとくっついたぶん、強くなってるし」
先輩が頬に絆創膏を貼り付け、ほぐすように肩を引っ張った。
「唯一の救いは、これ以上の敵の追加はなさそうなことだな。これだけ頭の切れる相手だ。投入するならとっくにしているだろう」
(復活するうえに素材が無尽蔵じゃあ、理不尽もいいとこだからな。まあ、領域を流れる妖力を見る限り、そこまで大したやつじゃない)
「え、そうなの?」
「どうした、塚貝?」
本郷先輩が訊いてきた。
あ、玉梓の声って先輩には届いてないんだ。
「あー、弥生ちゃんは今、タマと霊子通信してるんだよ」
「霊子通信? ……なるほど、お前が渡した霊力を媒介にしたのか。それなら納得できる」
「これ、どういう原理なんですか? 急に聞こえるようになって……」
「その説明は後だ。妖狐の見立てを聞かせてくれ」
「大したやつじゃない、ってさ」
そうか、と本郷先輩は真夏の返答を満足そうに頷いた。
そのときだった。
かた、かた、かた。
「骨が……ひとりでに……!」
グラウンドの中心に、いくつもの骨が踊るように飛び込んできた。それらはまるでプラモデルをつくるように、規則正しく組み上がっていく。
大きい。頭蓋の部分だけでも三メートルはありそうだった。頸椎、胸骨、肋骨と順番に形を成していく。
両腕が形成されたとき、私はその場でへたり込んだ。
骨の巨人が、その姿を現した。
空洞になっている眼窩の奥に、青白い炎が視える。閉じられていた顎がゆっくりと開き、空に向かって咆哮した。
「まさか、餓者髑髏か!? しかし、あの炎は……」
「ストレートに骨の親玉だね。タマ、領域の主はあいつでいいの?」
真夏の呼び掛けに応えるように、玉梓がその姿を現した。けれど、彼女は返答することなく、ゆっくりと巨大人骨に向かって足を向けた。
「チ、カラ……ヲヲヲ……!」
ガシャドクロは掠れたような声を轟かせた。
玉梓は気に入らないものを見るように、顔をしかめた。
「……なんだ、わたしが欲しいか。なら、もっとはっきり言ったらどうだ」
「ヨ……コ、セエ……」
玉梓の顔に怒りが滲む。
歯を食い縛り、かたく拳を握り締めた。身体中の毛が逆立っていき、燃え盛る眼窩の炎を見上げて、叫んだ。
「それはおまえのものじゃない。さっさと返せ!」




