表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双魂ナインテイル  作者: 幽猫
第一章 残火共鳴

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/39

10

 ───そして、時間は現在へ戻る。


 私は非常扉の裏で息を潜め、怪物がどこか別のところへ行ってくれることを願っていた。ここより上は屋上しかないし、当然施錠されているので行き止まりだ。

 廊下の反対まで走って、もう一方の階段を降りる選択肢もあるけれど、直線距離になったら逃げ切れるかわからない。


「……来る」


 階段から足音が聞こえる。人でないことはすぐにわかった。音が異様だったからだ。何人もが一斉に駆け上がってくるような音。大人数でもない限り、そんな音にはならない。この時間、校舎に残っている人間はほんの僅か。それはもう確認済みだ。

 足音はだんだんと近づいてきている。私は出来るだけ背中を丸め、息を押し殺した。

 お願い、どうか通り過ぎて。


 しかし、足音はそこで止まってしまった。

 

 次の瞬間。


「ひっ!?」


 甲高い音が静寂に包まれていた廊下に鳴り響いた。何か硬いものが壁にぶつかる音。しかも、連続で。あの化け物が何をしているのかは想像するに容易い。

 バレた? どうして? なんでここにいるって気付かれたの?

 私の左側の頭上の壁が大きく膨れ上がってきていた。壁紙が破れ、亀裂が走る。このままでは、壁を貫通されてしまうだろう。そうなれば、私は。

 脳裏に嫌な景色が浮かんだ。モズの早贄のように、腹部を突き刺された私が、宙ぶらりんに垂れ下がっている有様を。


「た、たす……けて……。誰か……」


 膨れ上がる恐怖に耐えきれず、私は頭を抱えて神に祈った。妖怪や霊がいるんだから、神様だっていてもおかしくない。いるんなら、崇められてる分、助けてくれたっていいじゃないか。

 耐久力に限界を迎えた壁が、みしみしと嫌な音を立てる。もういつ破られたとしてもおかしくはない。私は若くして死ぬことを両親に詫びた。

 そのときだった。

 

 がしゃあん。


 何かが壊れるような音が聞こえた。それを最後に、壁が悲鳴をあげることはなくなった。


「え……?」


 非常扉が軋みをあげて開いた。鉄の扉の向こうから、息を切らした真夏が飛び込んできた。


「だいじょうぶ? 弥生ちゃん」


「ま……な、つうう……!」


 堰を切ったように、私の目から大量の涙が溢れた。ほんの少ししか離れていなかったのに、数年ぶりに再会したような気がした。

 真夏はそっと私を抱きすくめ、背中をぽんぽんと叩いた。


「怖かったね、頑張ったね。安心して、もう平気だから」


 私は赤ん坊のように泣きじゃくった。同級生に慰めてもらうなんて恥ずかしい話だけど、真夏の身体から伝わる温かさが、なにより恋しかった。


「グ、オオ……」


 非常扉の端で怪物が呻き声をあげ、立ち上がろうとしているのが見えた。頭蓋は大きく穴が空き、背骨を伸ばしたような身体は床に投げ出されている。それでも産まれたての子鹿のように、必死にもがいていた。


「ま、真夏……!後ろっ」


「……ありゃま。まだ動けるの? さっきのやつは今のでイチコロだったんだけどな」


 真夏はそっと立ち上がり、私と怪物の間に立ちはだかった。その背中は普段の彼女より、何倍もたくましく見えた。

 パチン。

 真夏が指を鳴らし、掌を上に向けると、その手には球状の炎が浮かび上がった。


焔玉(ほむらだま)


 彼女はそれを、まるで投げ捨てるかのようにひょい、と放り投げた。

 ソフトボールくらいの火の玉がぶつかった途端、骨の怪物の全身は炎に包まれ、一気に炎上した。


「オオオ、ノ……」


 それが怪物の断末魔となった。

 炎は消えることなくしばらくの間、燃え続けた。やがて火勢が落ち着き、鎮火したときには、その姿は跡形もなくバラバラに拡散していた。


「ふう。急所外しちゃったかな」


 真夏は両手をスカートの裾で払うと、空中に向かって尋ねた。


「ああ、だからこっちは一体だけだったんだ。なるほどね」


「ねえ、真夏。その……なに? 何に納得してるの?」


「いやね、実は私たちもさっきのやつに襲われちゃって。それも二体」


 真夏が人差し指と中指を立てた。

 今のやつが、まだ二体も? それに、真夏と本郷先輩も襲われてたなんて。


「剛が弥生ちゃんが危ないっていうから、片方任せて私だけ急いで戻ってきたんだ。でも、間に合ってよかったぁ。あいつら、最初のやつより全然強いんだもん」


(まあ所詮、雑魚は雑魚だけどな)


 突然、玉梓の声が聞こえてきた。イヤホンで音楽を流しているときのような、直接音が届いている感じだ。


「ま、真夏!? 急に玉梓の声が聞こえるんだけど!」


「へえ。タマ、霊子通信開いたの? 弥生ちゃんのこと嫌いじゃなかった?」


(おまえが説明不足なのが悪い。離れるのも面倒だから、このまま続けるぞ)


 どういう原理かさっぱりわからないけど、とりあえず真夏の中にいる玉梓の声が、私にも届いているらしい。


(なあ、なんでこいつがおまえを襲ってきたか、わかるか)


「え……? 普通に、追いかけられて……」


(そうじゃない)


 玉梓はきっぱりと否定した。姿は視えないのに、彼女の苛立ちが声色から伝わってくる。頭の中だけで会話していても、滲み出た不満を隠そうともしない。


(こいつは他の人間に目移りしなかった。違うか?)


「いわれてみれば……」


 思いあたる節はあった。

 廊下ですれ違った先生には、一度も怪物は反応を見せなかった。まるで眼中にないといわんばかりに、私のことだけを執拗に追い回してきた。

 それに、隠れていた私の場所を見つけられたのも不思議だった。私が三階に着いた時点で、怪物はせいぜい二階にいたはず。隠れる姿を見られているとは考えにくかった。

 玉梓の声が、諭すように響いた。


(いいか? おまえが襲われたのはな、真夏が渡した霊力がまだ残ってたからだ)


 私の思考が、弾け飛んだ。不揃いだったパズルが、玉梓の言葉をピースに、かちりかちりと当て嵌められていく。

 あのとき真夏が口にした、なにげない約束。

 あれは、私の身を案じてのものだった。でも、意味はそれだけに留まっていない。もっと深いところにある。


(意思の薄い霊体は、より強い霊力に群がる。おまえたちが生きるために食うことと、なにも変わらない)


 私は真夏のほうを振り向いた。あわよくば、否定して欲しかった。


 けれど、彼女は静かに頷くだけだった。 


 じゃあ、私が襲われたのは、全部……。


(いったろ、見えてもいいことばかりじゃないって)


 玉梓の言葉が、私の腹の底に重く響く。私はその場に両膝を突いた。今まで見えていたはずの世界が歪み、視界がぶれていくのがわかった。


(霊体が視えるってことは、その世界の住人の一部になるってことだ。わたしは、真夏とそういう世界で生きてるんだ)


 そのとき、最後まで抵抗していた太陽が、山影に完全に隠れた。僅かに残っていた光が消え去り、照明だけが廊下を照らす。まるで世界が、書き換わるように。

 私はもう、なにも言い返すことが出来なかった。

 タマとお話がしたいといったのは、他でもない私だ。そして、真夏がタマが視えるように霊力を分けてくれたのも、私のため。

 全部、私の自業自得。

 ふと、真夏のほうに目を向けた。彼女の視線は私ではない、別の場所にあった。

 

(だからわたしは反対だったんだよ。こうなることは目に見えてたからな。それでも真夏がわたしに頼んだんだ。弥生ちゃんと友達になって欲しい、ってな)


「タマ……」


 真夏の漏らした弱々しい声が、静けさを取り戻した廊下に小さく響く。


(わたしはおまえが嫌いだ。霊が可愛いとか楽しいだけの存在だと思い込んで、力の代償に見向きもしない。典型的な、愚かな人間だよ、おまえは)


 私の胸がずくずくと痛んだ。

 玉梓の言葉は、恨み節や意地悪なんかじゃない。

 ただ、事実だけを私に告げていた。それが、私を針のむしろのように突き刺した。

 突きつけられた現実は、私が想像していたものより、ずっと過酷なものだった。


「……ごめんね、弥生ちゃん」


 真夏が謝罪の言葉を口にした。


「タマの言う通り、ほんとは私、知ってたんだ。弥生ちゃんが霊視出来るようになれば、霊体に襲われやすくなるって」 


 真夏は今まで見たことがないほど暗い表情をしていた。いつもの太陽みたいな笑顔はどこにもない。


「でも、私はそれ以上に、弥生ちゃんにタマのこと、私のことを知ってもらいたかった。学校だといっぱい友達いるけど、霊能関係のことを話せるのは剛だけだったから。本当に、嬉しかったんだよ」


 それを耳にしたとき、私の中にあった真夏の像が、音を立てて崩れた。そして、今まであった事が一筋の光となって、繋がっていく。

 ああ、そうか。真夏は、ずっと孤独だったんだ。

 だから私の提案を受け入れて、本郷先輩に無茶振りしてまでタマと出会わせてくれた。

 先輩が簡単に了承したように見えたのも、きっと、このことを話したからだったんだ。


「ごめん、なさい……」


 真夏は私の提案を聞いたとき、少しだけ動揺していた。霊が視えるのがどういうことかわかった上で、私に自分の世界を見せるか迷っていたんだ。

 それなのに今さら助けてほしいなんて、お門違いにも程がある。


(はあ……本物の馬鹿だな、おまえ)


「タマ。これ以上は……」


(じゃあなんで、真夏はおまえを助けに来た? 自分が巻き込んだって自覚があるからだろうが。そんなこともわからないなら、友達ごっこなんかさっさと辞めろ)


 玉梓は真夏の制止を気に留めることなく、吐き捨てた。

 耳が痛い。頭に直接響くせいで、塞ぐことも出来ない。


(……変わりたいって思うのは別に悪いことじゃない。でもな、覚悟が伴ってない変わりたい、はただの綺麗事なんだよ。痛みを知らないやつだけが口にできる、安直な考え。本当……反吐が出る)


 チャイムが鳴った。時間から考えて、六時半を告げる鐘だろう。ここから先は最終下校時刻となり、先生たちによる校舎内の見回りが行われる。所謂締め出しがされるのだ。


(もういい。わたしが言いたいことは言い切った。これからわたしたちは、こいつらの本体を叩く。怖いんだったら、大人しくそこで震えてろ)


「……ごめんね、弥生ちゃん。私、行かなきゃ。このまま妖魔領域を放っておくわけにはいかないもん」

 

 真夏は申し訳なさそうに私の肩をさすり、非常扉の向こうへと足を向けた。

 私は玉梓の口にした言葉のひとつひとつに、完膚なきまでに打ちのめされ、涙を流す他なかった。溢れ落ちた涙が、床に染みをつくった。

 玉梓の言う覚悟。それを、真夏は持っていた。

 私を、自分の世界に誘う覚悟。

 いつものゆるふわな彼女は、理解者のいない孤独を押し殺すための仮面。本当は私が思っているよりも、もっと芯の強い子なんだ。

 数ヶ月間一緒に過ごしたのに、私は何一つ知らなかった。

 そんな彼女が今、また独りになろうとしている。

 そんなの、駄目だ。

 このまま真夏を、独りになんかさせない。


「……待ってっ!」


 未だに足は震えていて、心臓は痛いほどに鼓動を刻む。それでも私は、腹の底から目一杯の力を込めて、叫んだ。


「……弥生ちゃん?」


「私も、行く。真夏と一緒に」


「でも、弥生ちゃんは……」


「私がここで折れたら、真夏はまた独りになる。そんなこと、絶対に許せない。だから、行く。たとえ地べたに這いつくばってでもね」


(……ふん、その根性だけは認めてやるよ。だったらさっさと立て)


 ふらつく私を、真夏が支えてくれた。そして、もう一度私のことを抱きしめ、こう言った。


「ありがとう、弥生ちゃん」


 













 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ