第六話 「最初の一か月」
大人になるということは、
自由になることだと思っていた。
本当は、 責任が増えることだった。
## 第六話 「最初の一か月」
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五月。
東京の朝は早かった。
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しょうまは満員電車の中にいた。
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人。
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人。
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人。
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最初の頃は驚いていた。
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今は少し慣れた。
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それでも好きにはなれない。
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ドアの近くへ押し込まれながら、
ため息をつく。
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「今日も多いな……」
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誰も聞いていない独り言。
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周りはスマホを見ている。
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イヤホンをしている。
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眠っている。
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誰も他人を見ない。
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その空気が少しだけ楽だった。
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会社へ着く。
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社会人になって一か月。
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毎日が必死だった。
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覚えること。
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人間関係。
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仕事。
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失敗。
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謝罪。
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失敗。
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また失敗。
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大学とは全然違った。
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「しょうまくん」
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先輩に呼ばれる。
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「はい!」
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反射的に返事をする。
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少し前まで、
こんな風に返事をする自分を想像したこともなかった。
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仕事は楽しい。
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でも疲れる。
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想像以上に。
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帰宅した頃には、
夜九時を過ぎていた。
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部屋へ入る。
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ネクタイを外す。
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ベッドへ倒れ込む。
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「疲れた……」
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スマホが震えた。
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画面を見る。
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たかと。
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着信。
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少しだけ笑う。
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「もしもし」
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『お疲れ』
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「お疲れ」
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聞き慣れた声。
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それだけで安心する。
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『生きてる?』
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「ぎりぎり」
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『そんなに?』
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「想像の三倍」
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二人で笑った。
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『こっちも大変』
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たかとの声が聞こえる。
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『電話鳴るし』
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『書類多いし』
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『先輩怖いし』
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「一緒じゃん」
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『一緒だな』
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少しだけ沈黙。
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でも嫌な沈黙じゃない。
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大学時代から、
二人はこうだった。
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無理に話さない。
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それでも居心地がいい。
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「そういえば」
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たかとが言う。
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『資格の勉強始めた』
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「え?」
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しょうまが起き上がる。
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「マジで?」
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『うん』
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「珍しい」
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『失礼だな』
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少し照れた声。
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しょうまは嬉しくなった。
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卒業式の日に話していたこと。
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ちゃんと覚えていたんだ。
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「俺も」
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『ん?』
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「ジム行った」
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沈黙。
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『一回?』
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「一回」
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『三日もたない』
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「だから卒業しろって」
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二人で笑う。
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電話越し。
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何百キロも離れている。
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でも、
その瞬間だけは大学時代と変わらなかった。
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ただ。
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電話を切ったあと。
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しょうまは少し考える。
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今日の出来事。
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会社のこと。
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先輩のこと。
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東京で見た景色。
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昔なら真っ先に話していた。
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でも今は違う。
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話しきれないくらい、
毎日が増えている。
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たかとも同じだろう。
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仕事。
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人間関係。
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新しい生活。
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知らない毎日。
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人生が少しずつ広がっている。
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それは良いことだ。
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きっと。
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でも、
少しだけ寂しいことでもあった。
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窓の外を見る。
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東京の夜景。
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遠くの光が瞬いている。
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しょうまはスマホを置き、
小さく呟いた。
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「明日も頑張るか」
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誰に言うでもなく。
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その言葉は、
静かな部屋の中へ溶けていった。




