第十六話:胸の腫瘍①
ここから乳房腫瘍と私の葛藤、手術の話が続きます。胸の腫瘍①②③……と表記していきます。重たい話のため苦手な方は読み飛ばしてください。あと、私の口が悪いです。
「ママ、こっちの胸になにか入ってるよ」
2025年、秋。湯気に包まれたお風呂場での出来事だった。
娘がタイルで滑り、私は「危ない!」と叫んで彼女を抱き留めた。床に転がり、娘の無事を確認してホッとしたその瞬間、私の胸に触れていた娘の小さな手が、その言葉を落とした。
「え……?」
「ほら、ここ」
「えー、また太ったのかなぁ」
思考が一瞬停止する。けれど、私の隣にはまだ幼い息子もいる。
ここで慌てるわけにはいかない。
娘と息子を風呂から上げ、体を拭き、髪を乾かす。息子を着替えさせ、夕食を食べさせる。娘の宿題に付き合い、明日の小学校の準備、息子の園の持ち物チェック。皿を洗い、家中の日常を整える。
胸の奥に、得体の知れない冷たい塊を抱えたまま、私はいつも通りのお母さんをこなした。
私以外の家族が寝静まった深夜。
一人、1階の仏間へ向かった。
扉を閉め、冷たい畳の上に横たわる。
看護学校で、そして現場で何度も学んだ触診のやり方。自分の体でそれを行う日が来るなんて。
指先を滑らせ、確認する。
……ゴリッ。
1センチ、いや、0.7センチくらいか。
もう一度。……ある。
もう一度。……ある。
もう一度。……ある。
何度確かめても、そこには日常には存在してはいけない異物が、確固たる意志を持って居座っていた。
指を離し、仏間の暗い天井を見上げたまま、私は放心した。
死ぬかもしれない。
子供たちを残して。
……どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
出口のない迷路みたいに、その五文字が頭の中を埋め尽くしていく。
涙は滲んでいないはずなのに、視界がぐにゃりと歪んでいく。
仏間の天井がゆっくりと、確実に、私を押しつぶそうと迫ってくる。
どうして、今なんだ?
子供たちはまだあんなに小さい。
義母はやっと体調が戻って、畑に行けるようになった。
義父は、私が仕事を辞めてから、ようやく穏やかに笑えるようになった。
もし私がいなくなったら、夫だけで家族を支えられるの? じゃあ、その夫を支えるのは誰?
……嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない。
なんで私なの。まだ39だよ。息子の入学式も見てない。娘の成人式も見てない。あの子たちの大人になった姿を見ないで土に帰るなんて絶対に嫌だ。神様どこにいるんだよ、仕事しろよ。看護師として働いてきたご褒美がこれかよ。ふざけんなよ。ちくしょう。
こわい。
二階で家族が寝ているから、叫び出したい衝動を歯を食いしばって耐えた。
天井の電笠だけが一点、妙に生々しく浮き上がっていた。




