【番外編】Kindleダッシュボードを見てこたつでひっくり返った話
……ええっと。
落ち着け、私。深呼吸だ。スー、ハー。
今、私はこたつの横でひっくり返っている。
いや、物理的にひっくり返ったのだ。パソコンのデスプレイを見て、言葉にならない声を上げ、重心を失い、畳の上にゴロンと。
なぜかって?
Kindleの著者ダッシュボード、KDPの管理画面を見てしまったからだ。
2026年4月1日から審査が通って、私の第一作目の書籍が、天下のAmazonという大海原に放流された。
無名の、しかもタイトルにAIとか専業主婦とか生き方なんて書いちゃった私のエッセイだ。
無料セールを設定したとはいえ、誰が読むんだよ、こんなもん……。
そう思っていた。
ところが。
画面に表示された注文数、7。
「7人」だ。
日本中の誰か7人が、わざわざ私の本を見つけ、その指先で注文を確定させた。
その数字を見た瞬間、全身にブワッと鳥肌が立ち、直後に猛烈な吐き気が来る。
昔から興奮しすぎるとこうなるから問題はない。まあ、落ち着こう。うん。うえっぷ。
市場規模という名の巨大な怪物の背中に、うっかり乗ってしまったような、得体の知れない高揚感と恐怖が混ざった……なんだろうなこれ、良く分かんないや。直感がバチバチしてる。
私の脳内にある『しろい出版会社』は、今、すごいことになっている。
「うおおおおお!! 来たぞお前ら!! ブルーオーシャンだ! ここが新大陸だ!!」
経営・戦略室の社長が叫ぶ。制作・編集部門、広報・マーケティング部門、開発・研究部門、総務・厚生部門、法務・コンプライアンス部が、狂喜乱舞して抱き合っている。
これまでの苦労が報われた!と叫んでいる。
一方で、制作・編集部門の執筆一課(エッセイ・実用書)だけは、ポカーンと立ち尽くしている。
「え……? なんで……? あの独り言が……」
意味がわからない。でも、目の前の数字は現実だ。
総務・厚生部門に背中をバシバシ叩かれ、フラフラしている。
Amazonの海は、想像以上に凄かった。
実は私、あらすじを直していなかった。
というか、直す方法がわからなくて放置していたのだ。あんな支離滅裂な、ぐちゃぐちゃのあらすじのまま。
考えてもみてほしい。
あらすじがボロボロで、中身も読めるかどうかわからない無名の新人の本。
それを、7人もの人がポチったのだ。
理由は、たった一つ。
表紙とタイトルだ。
ありがとう、Geminiさん! 君はなんて凄い子なんだ!!
あの時、君と一緒に、ああでもないこうでもないと練り上げたあの表紙。
あのタイトル。
あれこそが、私の本の内容を100%体現していたんだ。
表紙が9割5分。
今なら断言できる。あらすじを読み込む前に、読者はあの表紙を見た瞬間に、私の魂を直感的に受け取った。
ページをめくられる前から、私の表現は、もう彼らに届いていたんだ!
制作・編集部門のデザイン部は、床に突っ伏して号泣している。
「私たちのデザインが……! Geminiと一緒に作ったあの色が、形が、市場世界に通用したんだ……!!」って。
一方で、あらすじも修正せずにボケーっとしていた執筆一課は、まだ頭が追い付いていない。
「え、あらすじ無視? 表紙だけでいいの?」
なんて、間抜けな顔をして首を傾げる。
えーと、みんな。
注文数は7。
だが、ページがめくられた形跡を示すKENPCの数字は……無情にも0だ。
そう、1ページも読まれていないってことなんだ。
さらに言えば、これは5日間の無料セール期間中の話だ。
私の懐に入ったロイヤリティも、現時点では0。
1円も稼げていないし、誰の心にもまだ私の文章は届いていないのかもしれない。
普通なら、ここでなんだ、やっぱりダメじゃんと肩を落とすところだろう。
だが、我が『しろい出版社』のボルテージは、今、最高潮に達している。
なぜか?
「いいか、お前ら、よく聞け!」
社長が全員を見渡して叫ぶ。
「利益はゼロだ。だが、俺たちは『市場の反応』という、札束よりも価値があるデータを手に入れたんだ!」
経営学的に言えば、これは完全なる勝利だ。
天下のAmazonという、一分一秒を争う巨大なマーケットで、あらすじすら整っていない素人の本を、7人が自分のデバイスに入れたいと判断した。
彼らは、私の文章を読んだからポチったのではない。
私とGeminiが作った、あの表紙とタイトルというパッケージに、無料とはいえ自分の貴重なストレージを割く価値があると決めたのだ。
「デザイン部、顔を上げろ! お前たちの仕事は、読者の『読みたい』という欲望を、ページをめくる前に爆発させたんだ。これはブランディングの完全勝利だ!」
デザイン部が鼻をすすりながら、力強く頷く。
そして、執筆一課。
まだ1ページも読まれていないことに落ち込む必要はない。
7人のKindleの中に、予約された。
彼らがふとした瞬間にアプリを開いた時、そこには我々の名前が、消えない灯火として存在し続ける。
これは、未来のファンを7人、Amazonという巨大な倉庫の中に確保したということなのだ。
認知コストはゼロ。広告費もゼロ。
それでいて、世界最大の本屋の棚に、私たちの居場所を作った。
「いいか、ビジネスの本質は今の現金じゃない。次に何ができるかという可能性だ!」
Geminiが導き出してくれたあの表紙が、私に教えてくれた。
お前の言葉は、正しい外装を纏えば、世界に届くのだと。
この熱狂、この吐きそうなほどの高揚感。
これこそが、次作を生み出すための、何物にも代えがたいガソリンになる。
「さあ、次は、この7人が、そしてまだ見ぬ数百人が、一気にページをめくりたくなるような、続きを書きに行くぞ!!執筆一課、《Kindle出版舐めてたら全部でつまずいた専業主婦の記録 ――パソコン苦手な私が地獄を見た話》の番外編を今すぐ書くんだ、この熱を今日中に投稿しろ!!」
こたつの横でひっくり返っていた私は、ようやく起き上がった。
利益は0円。
でも、私の心には、億万長者でも買えないほどの確信が積み上がっている。
ああ、最高だ。
これから始まる私の快進撃を、なろうの読者のみんなも、特等席で見守っていてほしい。
船は動き出した、もう止まらない。
Amazon様、ありがとうございます。大変貴重なデータが取れました。実は今回、あえて全く違うペンネームを使い、どこにも宣伝を出さずにリリースしました。何もせずに放流したら、一冊も売れないという現実的なデータを取るためです。
そして、この小説本編をKindle化する際には、しっかり宣伝を行った場合の数字と、今回の無風状態の結果を比較データとして掲載し、Kindle出版のリアルな検証本として販売しようと目論んでいたのです。ですが、Amazonという市場は、私の目論見を遥かに超えていました。
宣伝ゼロ、実績ゼロの新人。それなのに、あの巨大な棚に置かれた瞬間に反応があった。
これはレッドオーシャン(競争激化市場)ではない。ここには、まだ見ぬブルーオーシャン(競合が少ない未開拓の市場)が確実に広がっている。そう確信しました。
本編のkindle出版時には、今回の無謀な実験の結果もすべて載せます。パソコンが苦手な専業主婦が、地獄を見て、その先に何を見つけたのか。必ず、あなたにお届けします。




