059.家庭訪問
漆葉家族の元に、長男の死亡届が届いてから1か月程の時間が過ぎていた。
当時死亡届は父親が開封し、いち早くその事実を知った。だが、父親はその事を家族には隠していた。これ以上、妻と娘に苦しい思いをさせない為に。
偽りの平穏が続く、ある日曜日。自宅で長男を除く家族が全員で過ごしていた。相変わらず母親の顔はげっそりとしているが、以前よりは少しだけ顔色が良くなっている様に見える。逆に父親の方が以前よりもやせ細っていた。
そんな中、突如インターホンが鳴り響いた。娘の沙希がドアホンのモニターを確認する。そこに映っているのはスーツを着た中年の男性。ボディガードらしき人の影も見えた。それも日本人ではなく外国人。
出るか出ないか迷った為、父親に代わって出てもらう事にした。
「パパ。知らない人がたくさんいるんだけど」
「ん? どれ・・・」
父親もそのモニターに映っている人物に不信感を抱くも、同時に見覚えがある事に気付いた。慌ててドアホンの通話ボタンを押して応答する。
「も、もしもし?」
『初めまして。私が誰か分かるかね?』
モニター越しの相手は、名乗りもせずに両手を広げる。父親は確かにその相手を知っていた。
「えっと・・・アメリカのガブリエル大統領ですよね?」
そう、その相手はガブリエル大統領だった。
『正解だ。話がしたい、ここを開けてもらえるかな? ミスターウルシハ』
たじたじになりながらも、父親はその大物を自宅に招き入れた。ボディガードは全員外で待機し、彼一人だけが家の中に入ってくる。母親と娘もその人物に気付き、物怖じしながらコーヒーの準備をした。
一家の大黒柱と一国の大黒柱が、食卓テーブルを挟んで向かい合う。母と娘はキッチンからその様子を伺っていた。
「突然の訪問になってしまいすまない。ミスターウルシハ」
「いえ・・・。大統領、本日はどういったご用件で・・・?」
「早速本題か。こちらも時間がないから助かるよ」
ガブリエル大統領はそう言ってコーヒーを一口啜り、カップを置く。一呼吸置いた後、彼は大胆な告白をした。
「単刀直入に言おう。先月届いたウルシハ ケイジの死亡届だが、あれは手違いだ。彼は今も生きている」
その言葉に、父親は驚愕する。事実を知らなかった母と娘は理解が追い付かずにいた。それを察したガブリエル大統領が、父親がその事実を一人で背負っていた事に気が付く。
「すまない。慎重に話を続けるべきだった」
ガブリエル大統領が謝罪をしたところで、母娘が息子、そして兄の死亡届が一か月も前に届いた事実に気が付いた。
「あなた・・・どういう事なの・・・?」
動揺を隠せなかった母が父に問う。
「ごめん母さん・・・沙希・・・。どうしても言えなかった・・・」
そして真実を隠していた父が涙を流しながら答えた。その様子を見て、誰も責める気にはなれなかった。父が一人で辛い真実を背負って家族を守っていたのだ。そしてその事に気付けなかった二人は、父ではなく自身責めた。
「ごめんなさい・・・私が不甲斐ないせいで・・・あなた一人に啓司の事を背負わせた・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
母は、それが弱い自分のせいだという事にすぐに気が付いた。家族の中で誰よりも落ち込み、心配を掛けてしまった自分が足を引っ張ってしまったのだ、と。
「誰のせいでもないよ・・・」
娘がそう言って母を抱きしめる。そう、事の発端はオメガのせいなのだ。誰かのせいではない。
二人の泣き声が聞こえなくなるまで、ガブリエル大統領は何も言わなかった。家族を失う辛さを知っていたからだ。彼は密かに思い出していた。妻を亡くした時の事を。
「すみません、大統領」
大変長らく待たせてしまった事を、父が謝罪した。
「気にしなくていい。そもそもはこちらの不手際が招いた事態だ」
ただガブリエル大統領は眉一つ動かさずに言う。再びコーヒーを口にし、言葉を続ける。
「先程も言った通り、彼は今も生きている」
何故ガブリエル大統領が自らそれを報告に来たのかその意図は分からなかったが、家族はその言葉に安心する。息子がいなくなったあの日以降、初めて心が安らぎを感じた日となった。
「良かった・・・本当に良かった・・・」
父の涙が頬を伝う。死亡届を手にしたあの日、自分の世界の時間が止まったかの様に感じた。徴兵されるのが息子ではなく自分であればと何度思った事か。そう思っていたのは父だけではなかった。
止まっていた家族の時間が、また動き出した――
「大統領・・・あの子は元気にやっていますか・・・?」
「その点は心配しなくていい。元気が有り余っているぐらいだ」
「そうですか」
元気でいてくれるならそれで良い、と安堵する。
「ですが、何故大統領自らがお越しに?」
先程からの疑問。何故その様な連絡に、大統領自らが来るのだろうか。他の方法なんていくらでもあるだろう。いくら考えても答えが出てこなかった父は直接聞く事にした。
「一度、彼の家族である貴方達と会ってみたくてね。今後はもっと親密な関係になるだろう」
「大統領? それは一体どういう・・・」
「すまない、ミスターウルシハ。もう行かなくては。これからアメリカで演説があってね。また会おう」
彼の問いに対し、曖昧な答えで返したガブリエル大統領は立ち上がり、スーツの襟を正す。そして嵐の様に現れた男は、同じ様に去っていった。
そして次に訪れたのは、静けさだった。




