055.天使の口付け
ここに姿のないクーナさんの事を尋ねると、コマンダーは答えなかった。彼女の居場所を知らないのだろうかと思ったが、転送装置を起動する為のあのブレスレットには発信機の機能もある。知らない訳がない。
『彼女は今・・・連合の会議に参加している。だから会う事はできない』
「それなら終わるまで待つか。・・・なんて、嘘が下手だな。コマンダー」
機械のくせにひと様を騙そうとは百年早い。コマンダーが嘘をついたのは、オレが目覚めたばかりだろう。病み上がりのオレに気を遣っているという事は、おそらく彼女は今戦場にいる。
「オレも出る。装備をくれ」
「だ、ダメよ! ケイジは起きたばかりなんだから! 無理する必要なんてないわ!」
手術台から降りようとするオレを、ミカエラが肩を掴んで止める。これ以上、彼女を泣かせたくはない。だけどクーナさんが戦っているというのに、のうのうと寝ているつもりはない。
「大丈夫。体調は良いんだ」
「でも・・・ダメ・・・。行かないで・・・。病み上がりなのに危険よ・・・」
「ミカエラ・・・」
涙を流し、オレの肩を掴む彼女の手に触れる。その手が震えている事に気が付く。
彼女が呼びかけてくれていたおかげで、死の淵から戻ってくる事が出来た。1ヵ月も死んでいたオレを信じてくれた彼女の事を、強く抱きしめた。
「ありがとう、ミカエラ。でも行かないと」
「ケイジ・・・」
彼女も、応える様に抱き締め返してくれた。
「クーナさんを助けたらすぐに帰ってくるよ。約束する」
「・・・絶対に死なないで帰ってきて。約束よ」
「ああ、約束だ」
彼女の肩を掴んで体を離す。そして小指を差し出す。アメリカにも指切りという文化はあるのだろうか。そう疑問を抱くも、彼女はすぐに小指を絡めてきた。
「もしケイジが生きて帰ってこなかったら――」
続く言葉が針千本飲ますかなと思っていたら、予想外の言葉を投げつけられた。
「私も死ぬから」
「重たいな!?」
責任重大だ。彼女を死なせない為にも、絶対に生きて帰ってこなければ。
「・・・絶対に帰ってくるから」
「うん。待ってる」
彼女から手を離し、渋々装備を持ってきたコマンダーから受け取る。そこで初めて自分が素っ裸だという事に気が付いたのは秘密。
いつもの黒いスーツとコート一式を着て、マスクを着用しようとしたところで、ミカエラが腕を掴み、それを止めた。
「ミカエラ?」
何故そうしたのか分からなかった為、彼女に視線を向けた瞬間、思わぬ事態に陥った。
「んっ」
突如塞がれる口。眼前には彼女の顔。唇に感じる柔らかい感触。そこで初めて彼女にキスされた事に気が付く。数秒後、彼女はゆっくりと離れ、そっと自身の唇に触れた。
「私のファーストキス。ケイジにあげちゃった」
ミカエラが頬を紅潮させながら、微笑んで言う。その仕草に、オレの心臓がピョンピョン跳ねる。
何この生き物? 可愛すぎるだろ。生物兵器かよ。生き返ったばかりなのに心臓止まっちゃうよ。マジで。
「オレのファーストキス、取られちゃった」
まあ、それはどうでもいい。男のファーストキスに価値なんてない。それは女の子にだけ与えられた特権だ。
オレも初めてのキスなのは確かだが、驚きのあまりその感触が朧気だ。やり直しを要求したい。
「ねえミカエラ。もう一回」
「バカッ。・・・帰ってきたらまたしてあげる」
恥ずかしかったのか、今度はオレに背中を見せながら言う。後ろからでも分かるぐらいに耳まで紅潮している。
何この生き物? 可愛すぎるだろ。生物兵器かよ。
「絶対に生きて帰るから! すぐ戻ってくるから! 絶対に!」
またキスしてもらえるという言質を取ったオレのやる気は最高潮に達していた。今ならアンラ・マンユの大群だろうと楽勝だ。
マスクを着け、手術室を後にする。転送室に向かい、そのまま装置を使おうとするも、コマンダーからの通信によって止められた。
『行先はアールヴヘイムだ。ただ、転送先から戦場まで距離がある。輸送船に乗った方がいいだろう』
転送室の奥にある輸送船に乗る様提案される。ただ、オレ専用のものではなく、普通の輸送船。まあ、オレ専用のものは塗装しているだけで、性能は変わらないけど。
「了解」
コマンダーに言われるがまま、オレはその輸送船に搭乗する。無人機のそれは、パイロットがいなくても目的地まで向かってくれる。
転送独特の浮遊感に襲われた瞬間、空気が変わるのが感じられた。既にアールヴヘイムに着いたのだろう。船は離陸し、戦場に向かって飛行する。
「ちなみに敵の数は?」
『アンラ・マンユが十体だ』
本当にアンラ・マンユの大群かよ!? 大群と呼ぶには少ないか。とはいえ、かつてタイマンで相討ちした身としては、緊張を感じざるを得ない。だが、今のオレには負けられない理由がある。
『アンラ・マンユの因子がどれだけ君の戦闘能力を向上させているかは不明だが、楽に勝てる戦いではないのは確かだ』
「心配するなよ。今のオレには天使の加護が宿っているんだから」
『・・・一体何を言っているんだ』
「バカ! ミカエラの事だよ。天使に口付けされたんだ。今のオレは無敵さ」
『・・・伝えていなかったが、君の音声は彼女にも聞こえている』
「・・・え?」
今めっちゃ恥ずかしいセリフを吐いたんだけど。驚くオレの通信機から、ミカエラの声が聞こえた。
『ご、ごめんねケイジ。ミスターコマンダーにお願いして通信機借りていたの・・・』
オレの臭いセリフに、おそらくドン引きした彼女が小さな声で言う。
「恥ずかしくて死にそう・・・」
この世界に神なんていなかった・・・。




