047.肉を斬らせて命を絶つ
左腕が切断されたと気が付いたのは、自身の左肩に視線を向けてからだった。そして痛みを感じるよりも先に、更にヤツの攻撃の手が伸びる。
アダマントソードに刺さっているヤツの左腕が急速に伸びる。急接近したそれを、マスクがシールドを展開して防ごうとするも、呆気なく突破され、そのままマスクごと破壊してオレの左目を貫く。
左腕を確認する為に、顔ごと視線を左に向けていたのが功を奏した。左目を貫いたヤツの腕は、オレの脳を破壊するのに失敗し、そのまま顔の左半分を抉り取った。
「ぐぁああああああっ!」
たった一瞬で左腕と顔の半分を失ったオレは、その激痛から苦痛の声をあげる。出鱈目に右腕を振り回し、腕に噛み付いているヤツと、剣に刺さったヤツの腕を振り払う。その勢いで三分の一が破壊されたマスクが地に落ちた。
耐えきれないほどの痛みを感じつつ、視界の左半分が黒と赤に染まっている事に気が付く。微塵の光も感じられない。完全に眼球が潰れてしまったのだろう。
それに右目で左肩の状態も確認するも、切断面から噴き出す血の量から、自身の命が残り1分も経たずに尽きる事を悟る。
キキキキキキッ――
オレを瀕死に追い込んだヤツが、その口を綻ばせて笑い声をあげる。ただ、オレには既に抵抗する力も残されていない。
こんなところで終わるのか――
確か、前にもこんな事があったと思い出す。
「・・・れ・・・ん」
あれは・・・そう、バエルに心臓を貫かれた時だ。
訪れるはずの死が、いつまでも来ないと目を開いた時に、不可解な現象が起きたのだ。
ユグドラシルの声が聞こえ、体から魔力が溢れ出して、そのままバエルに勝つ事ができた。
「・・・ばれ」
だけど、今回はユグドラシルの声は聞こえない。
一度だけの切り札、だったのだろうか?
今となっては何も分からない。
「・・・いちゃん!」
声が聞こえる。子供の声だ。何を言っているのだろう。意識が朦朧とし、視界がかすむ中、耳を澄ませてみる。
「がんばれ! にいちゃん!」
その声の主は先程の男の子だった。
ああ、そうだ。ここでオレが倒れてしまえば、あの子たちが犠牲になってしまう。
だが、感情のない白いオメガは、オレを無視して、その子に向かっていく。
オレが止めないと――
オレが守らないと――
オレが戦わないと――
――だから
もう少しだけ、頑張ってみるよ――
『さあ、火種を手に入れよ。暁の子よ』
薄れゆく意識の中で、ユグドラシルの声がはっきり聞こえた気がした。
刹那、全身に力が漲り、意識が覚醒していく。命を前借りでもしているのか、溢れ出てくる生命の息吹を頭のてっぺんから足の先まで感じ取れる。そしてその感覚は、オレの傷口から魔力の光となって飛び出していく。
血が止まり、痛みは消え、体の調子は好調を超え、絶好調とも言える状態だ。
「待て」
オレを無視して進もうとする白いオメガを呼び止める。虫の息とも言える状態だったオレが、声を発するとは思っていなかったのか、ヤツは足を止めてすぐさま振り返った。
だが、振り返った先にオレはもういない。既にヤツの頭上にいるからだ。ジャンプしてその白い体を飛び越えつつ、ボールの様な頭目掛けて剣を振り下ろす。それに気が付いたヤツの右腕が、咄嗟に剣を止める。
本来であれば、ヤツはその身軽さと柔軟さを利用して攻撃を受け流すが、今は頭上から真下に対しての攻撃。柔軟さを活かす事が出来ず、また力を抜いてしまってはそのまま斬られる状況でもある。
ヤツは片足のない体で精一杯踏ん張り、剣を押し返すも、その軽い体でアダマントソードとオレの重さが加算された一撃を受け止めきれるはずがない。
剣を盾にしたその右腕を押し切り、そのままヤツの右肩をアダマントソードで斬る。細い腕はいとも簡単に切断され、落下する。オレは着地し、次の攻撃の準備を始める。
両腕を失ったこの白いオメガに出来る事なんて少ないだろう。抵抗できる手段なんて限られている。そう、例えば切断された右腕が、独りでに暴れ回り、オレの体目掛けて飛び掛かるのなんて、想像に難くない。
オレはその剣を腹部で受け止めつつ、ヤツの首を切り落とす為に剣を横に薙ぎ払った。切断された右腕を避ける事も、防ぐ事もしないで攻撃されるのは予想外だったのか、避ける動作すら見せずに首が宙を舞う。
再生される可能性もある為、空を飛んでいる頭部を、念には念を入れて滅多切りにする。一片の細胞すら残さずに切り刻む勢いで。
ヤツの頭部がひき肉になったところで、ようやく手を止める。さすがにこれでもう動けないだろう。頭のない体に視線を向けても動く様子はなかった。アダマントソードを地面に突き刺し、腹部に刺さっているヤツの剣状の右腕を引き抜き、投げ捨てる。
「やっと、終わりか・・・」
疲労が溜まっているのか、自然と声が漏れる。安堵の息を漏らしつつ、子供たちを確認すると、一人の女性隊員が保護しているのが見えた。彼女はオレに気が付くと、こちらに駆け寄ってくる。
「騎士団長殿! う、腕が!? それに顔も・・・」
慌てた様子で、オレの左腕を見ているが、もう時間がない。その事を分かっていたオレは、最後の言葉を彼女に伝える。
「子供たちを頼む」
「は、はい! かしこまりました!」
緊張し、敬礼しながら言う彼女の肩に手を置く。
「すまない、後の事は任せた。それと彼女達に伝えてくれ。一緒にいられずにごめんって・・・」
「か、彼女達でありますか? それは一体誰で――」
彼女の言葉の途中で、オレはその場に崩れ落ちた。無敵の魔法が切れたのか、血の代わりに流れていた光が消え、再び血が流れ出る。痛みの波も再び押し寄せ、意識が遠のいていく。
倒れたオレを起こし、女性隊員が何か叫んでいるが、もう既に音も聞こえない。
彼女達がクーナさんとミカエラの事だと伝えたかったが、それはもう出来ない様だ。
初めてオレに好意を向けてくれた、素敵な女性達。
慢心かもしれないけど、彼女達を幸せにしてあげたかった。
でも、もう・・・そばにいる事すらできないだろう。
『ごめん』
右目から溢れた涙が、静かに流れる――




