029.おおきなかぶ
心臓が止まり、ゆっくり自身の死が迫ってくる。その感覚に身を委ね、目を閉じる。その時、様々な光景がまぶたの裏に映る。
15年間共に過ごした家族。軍に召集されて初めて出来た友達のマックス。姉御肌を吹かせていた橘。オレを子供隊長と裏で呼んでいた隊員達。最期に活路を開こうとしてくれたガードナー曹長。でも、オレはそれを活かす事が出来ず、曹長の死を無駄にしてしまった。そして何度も助けてくれたクーンさん。
ごめんなさい。父さん、母さん、沙希・・・。
ごめんなさい。ガードナー曹長・・・。
ごめんなさい。クーナさん・・・。
結局命の恩人のクーナさんに、何も返すことが出来ないまま、そして何も成せないまま、オレは終わってしまうのだ。
死という名の終わりが来るのを、待つ。
待ち続ける。
・・・だが、待てども待てどもその時は来ない。
「・・・あれ?」
オレは目を開き、何が起きているのかを確かめる。胸には、確かに鎌が突き刺さっている。けれど痛みはない。変な感じだが、それを上回る異変が視界を駆け巡る。
光だ。白い光を放つ粒子が無数に飛んでいた。
この光を、オレは見た事があった。そう、ユグドラシルからだ。魔法を使う時のクーナさんが放つ光にも似ていた。もしかしてクーナさんが来てくれたかと思ったが、その粒子はオレの胸から飛び出していた。
なんで、と理解できない現象に首をかしげたくなる。その時、不意に声が聞こえた。
『君の戦いはこんなところでは終わらない。ほら、行くんだ。暁の子よ』
それはどこかで聞いたことのある声だった。
刹那、光の粒子がオレの体を包み込む。それと同時に、体の中から力が溢れてくる。気分が高揚し、今なら何にでも勝てそうな気がしてきた。
早速、胸に突き刺さっている鎌を素手で掴み、握り潰す。仕留めたと思った相手の反撃を予想していなかったのか、化け物が慌てて後ろに下がる。
その隙にオレは胸部に刺さっている鎌を引き抜き、それをそのまま化け物の胴体に突き刺す。胸を貫かれる苦しみをお前にも教えてやる。
「お返しだこのヤロウッ!」
苦しみで暴れるも、化け物の攻撃手段は既に噛み付きと体当たりぐらいしかない。オレはそのまま顎を警戒しながら、化け物の腹部に刺さっているナイフを抜き取る。
そのナイフで化け物の体を何度も切り裂く。何度も何度も。そして忘れた頃に襲ってきた噛み付きを避け、首にナイフを突き刺した。そして両手でナイフのグリップを強く握りしめ、横にスライドさせる。
「おらぁっ!」
そうして化け物の首回り半周させると、化け物は暴れ回る。夥しい量の紫色をした体液が飛び散り、辺りを汚していく。
プギュルルルルル――
先程までとは違い、苦痛を感じている悲鳴をあげる。そして段々と動きが緩慢になっていく化け物の体。オレは化け物の背中に飛び乗り、あと少しで千切れそうな頭を両手で挟む。足を胴体に掛け、そして目いっぱい力を込めて両手で頭を引っ張り上げる。
「死ねぇえええええええええええええええぇっ!」
ブチッブチッと、あらゆるものが千切れる感触が手に伝わる。何が千切れているのかは分からないが、最後のその時まで、力は抜かない。そして最後には――
ロシアにはこんな童話がある。ある老人が植えたカブが大きく育ち、それをみんなで協力して引っこ抜くというもの。幼い頃に児童発表会で両親に見せた記憶が微かにある。タイトルは『おおきなかぶ』。「うんとこしょ、どっこいしょ」という掛け声が印象的なそれを、何故今思い出したかというのは、言わなくてもわかるだろう。
――化け物の頭部が、胴体から引き剥がされる。化け物の動きが完全に停止し、力なく真っすぐ地面に横たわる。化け物の背中に乗ったまま、オレは頭部を地面に投げ捨て、空を仰ぐ。
「勝った・・・。勝ったんだ・・・。うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
仇を取りましたよ、ガードナー曹長・・・。最期にオレを信じて逝ってしまった恩人の仇を取れた事が、何よりも嬉しかった。そして自身が強敵を倒して生き残った事で、生の実感が湧き上がってきたせいで、自然と雄たけびをあげてしまった。
その時、いきなり脱力感が全身を襲う。見れば、光の粒子は消えており、胸を貫かれた痛みが再び襲ってきた。痛みがなかっただけで、怪我が治った訳ではない事を思い出す。立っているのすらままならなくなり、オレは倒れ、化け物の上から転がり落ちた。
意識が遠のき、視界がぼやけていく中、転送装置の光が見えた。その中から出てきた綺麗な青がオレを抱える。甘い花の香りがした。
『香港防衛作戦』
作戦参加者 2000人
生存者 1人




