028.悪魔狩り
オレはナイフを構えて再び化け物の間合いに飛び込もうとするも、あの2本の鎌をかいくぐるのは容易ではなかった。
頭上から迫るそれは、地面を抉りながら無差別に振り回される。縦横無尽に駆けるその刃から逃れる為に、間合いの外まで逃げる事に余儀なくされる。
距離を詰められない事に焦りが募る。化け物の傷口から紫色の体液が流れているが、いまだに致命傷は与えられていないのか、その動きはまだまだ機敏だ。
オレもリーチの長い武器があれば、と武器になるものを探してみる。視界に映るのは木、放置された車両、道路標識ぐらい。仕方なく、右手のナイフを口に咥え、左手のナイフを腰の鞘に戻す。そして近くにあった道路標識を2本圧し折り、双剣の様に持つ。長さは2メートル、重さは片方8キログラム程だが、この体なら難なく振り回せる。
これで少しでも隙を作れればいいけど、と大した期待をせずに再び化け物の懐目掛けて走る。迎え撃つ為に振り抜かれた右の鎌を標識で弾こうとするも、あっさり切断されてしまった。
それに対して「ですよね」と言いたくなるが、切断されて短くなってしまったものの、そのおかげで断面が鋭利になる。
3メートル程後ろに下がり、左手に持っている切断されていない標識を化け物に向かって回転させながら投げる。少しでも当たる確率を上げるためだ。
武器を投げる事を予測していたのか、ただ単純に反応しただけかは分からないが、化け物は鎌を振り下ろし、飛んでいる標識を真っ二つにする。2つに分かれた標識は、そのまま化け物の体に当たる事なく明後日の方向に飛んでいく。
だが、それは囮だ。オレは鋭利になった標識を、1本目の標識を投げた直後に投擲していたのだ。槍投げの要領で回転させずに真っすぐ、化け物に向かって。
さすがにそれは反応出来なかったのか、本命の標識は化け物の体、左前足の付け根に突き刺さる。その鎌の腕では刺さった標識を抜く事は出来ないだろう。顎で掴んで引き抜こうとするが、その隙を見逃すつもりはない。
オレは口に咥えていたナイフを左手に、鞘に戻していたのを右手に持ち、距離を詰める。反応が一瞬遅れた化け物が、オレを捉えた頃には既に懐に飛び込んでいた。
左の前足に標識が刺さっているから踏み込む力を伝達できず、左腕の鎌の威力は半減している事だろう。
右腕の鎌の動きに細心の注意を払いながら、腹部に左手のナイフを突き刺す。刹那、右腕の鎌が横から迫ってくるのを確認。刺したナイフを抜くのを諦め、手放してその場にかがんで避ける。
そして化け物の右側に回り込み、刺した標識を掴んで押し込む。視界の端で左腕の鎌が動くのを捉える。これは簡単に防げると判断し、右手のナイフで鎌を弾く。ギャリッと音を立ててナイフと鎌の摩擦で火花が散るが問題ない。
空かさず標識に足を掛けて高さを稼ぐ。そして左腕の鎌の根本、化け物の左脇に両手でナイフを押し込む。
「おらぁあああああっ!」
雄たけびを上げつつ、全力で。外殻に阻まれ、凄まじい抵抗が腕を襲うが、少しずつ削る様に化け物の脇にナイフが入っていく。そして――
スパンッ――
抵抗がゼロになる。同時に化け物の腕が宙を舞う。だが、まだ勝った訳ではない。
悲鳴をあげる化け物を無視して、オレは足場にしていた標識から下りる。そして標識の先端を両手で掴んだ。映画やゲームでよくトロッコの進路を変更する為にレバーを強く引き、ギリギリで進路変更を成功するシーンがある。それを彷彿とさせる勢いで標識を引き上げた。
肉が抉れ、外殻が折れ、そして脚が千切れる。化け物の左腕だけではなく、左前足を引きちぎる事に成功する。カランカランと標識が落ちる。これで化け物の攻撃手段は右腕の鎌だけとなった。
化け物から一度距離を取り、呼吸を整える。
「これで最後だ」
化け物を殺す為に、最後の攻撃を仕掛ける。化け物の残された右腕の鎌に細心の注意を払いつつ、腹部に刺したままのナイフを取る為接近する。
既に鎌の間合いに踏み入れているが、化け物はまだ動かない。いつ動くか分からないそれを注視し続ける。動かないなら動かないで、こちらから仕掛ければいいだけだ。
オレは化け物の体に未だ突き刺さったままのナイフに左手を伸ばす。残り50センチメートル――だが、その手がナイフまで届く事はなかった。
刹那、右肩に激痛が走る。左腕の鎌は既にそこにはないはず。なら何に攻撃されたのかと右側に目を向けると、化け物の顎がオレの右肩を挟んでいるのが見えた。頭部がカミキリムシに似ており、鋭い顎を持っている事をすっかり忘れていた。
「離せこのっ!」
右手に持っていたナイフを左手に持ち替え、不気味な目に突き刺す。化け物の悲鳴と共に顎が外れ、右肩が自由になる。すぐさま右腕が動く事を確認し、異常がないか確かめた。
指先にしびれや痛みはない。痛みはあるものの肩を動かせる事から骨に異常はなく、肉を裂かれただけだと判断する。
手当は化け物を倒してからにしても遅くはないだろう。オレが自身の右肩の確認が終わり、化け物に視線を戻そうとした瞬間、胸部に衝撃が走る。
視線を落とすと、そこには化け物の鎌が見えた。胸のやや下辺り。胸骨を貫通し、心臓が貫かれている事を瞬時に悟る。
その鎌を両手で掴むと、オレの鼓動が感じられた。
ドクンットクンッ・・・トクッ・・・トクッ――
数回の心拍の後、鼓動が感じられなくなる。心臓が完全に停止したのだ。
ああ・・・ここで終わるのか――




