023.蠅の王 ベルゼバブ
南側と東側、西側の75人はそのまま待機。北側を防衛していた25人を引き連れ、オレは別動隊のいる建物の屋上に向かった。停電している訳ではないので、エレベーターで最上階に行き、階段で屋上に向かう。
5人1組の小隊でそれぞれ別動隊の元へ向かう事も考えたが、別動隊の応答が無い原因が分かっていない為、隊を分けるのは危険だと判断した。
オレ達が入った建物はエレベーターが複数あったので、滞ることなく全員で屋上に繋がる扉の前まで移動できた。
悲鳴や銃声すら聞こえてこない為、敵はトウテツでもベヒーモスでもクトゥルフでもないと考えられる。つまり新型種――
オレ達は警戒したまま屋上に突入する。ドアを蹴破り、オレを含めた26人が全方向をカバーしつつ、銃を構えたまま進行する。が、別動隊の10人の姿はすぐに確認できた。
全員立っているのを見るに、何かあった訳ではない様だ。通信が届いていなかっただけだったのかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けてみるが、反応はない。聞こえていないのか。もう一度声を掛けようとしたところで、別動隊はゆっくりとこちらに振り向く。その様子はどこかおかしい。
「警戒しろ」
違和感を感じたオレは細心の注意を払いながら別動隊に近づく。その時、耳に不快な音が届く。
ブブブブブブブブブブブッ――
虫の羽ばたく音。それにしては音が大きく、鈍い。大きい虫が飛んでいるのか辺りと上空を見ても何も見えない。
ではどこにいるのかと、音を発する元凶を捜すのに耳を澄ませる。音を辿り、視線を向けると、別動隊がいる方向。
羽を持ち、飛行するオメガはアーカイブで確認してその存在を知っているが、それはトウテツと同じ斥候型。1体1体は弱く、数で攻めるタイプだ。今回はそれとは違う気がする。姿も見えなければ、こんなに大きな羽音を発するなんて聞いていないからだ。
別動隊の後ろにいるであろう新型オメガと思われる敵を目視しようと、ゆっくり横に移動する。不意に様子のおかしい彼らに動きがある事に気が付く。手に持っていた銃をゆっくりと持ち上げ、こちらに向ける。
――まさか!?
瞬間、銃声が響く。強化された肉体を駆使し、咄嗟に駆ける。屋上に置かれている発電機と思わしき金属の箱の裏に身を隠すが、オートマタによって生み出されたアサルトライフルであれば、発電機で弾丸を止める事は不可能だろう。
鳴り止まない銃声に危機感を覚え、すぐに移動した方がいいかと悩むも、こちらに弾丸が飛んできていない事に気が付く。では何を撃っているのかと確認すると、オレの後方にいた25人の隊員がハチの巣になっているのが見えた。
「クソッ!」
助けに行きたいが、あの状況で生き残る可能性は絶望的だろう。今は元凶を先にどうにかすべきだと判断したオレは救出を諦め、姿を隠しながら別動隊の背後に回り込む。
すると、そこにいたのはあまりにも不気味で薄気味悪いものだった。クトゥルフに似た脳みその化け物だが、クトゥルフが赤い脳の化け物対して、こちらは青い脳の化け物だった。
更に嫌悪感を抱かせるのは、虫みたいな緑色の複眼が左脳と右脳に付いており、体は青い芋虫みたいだ。その背中には虫の羽根が生えており、それを震わせる事で音を発していたのだ。
その音を間近で聞いたら、別動隊と同じ様に操られる可能性がある為、オレは距離を取ったままレーザーライフルで蠅に似たその化け物を撃ち抜く。バユンッとレーザーライフル固有の音と閃光が走った直後、不快な羽音が消える。
これで別動隊の洗脳?が解けるのではと、様子を見る。が、現実は思い通りにはならなかった。別動隊の連中は全員射撃の手を止めたと思いきや、ライフルを自分の口に入れ、引き金を引く。
銃声が鳴り響く。血と肉と脳の一部が吹き飛ぶのが見えた。
「・・・は?」
目の前の光景に、訳が分からず思考が停止する。オレがそのまま立ち尽くしていると、他の建物の屋上から銃声が鳴り響き、そして地上から悲鳴が聞こえる。
――呆けている場合じゃない!
自身に喝を入れて状況を確認する。他の別動隊の元にも蠅の化け物がいるのか、建物の屋上から地上にいる隊員達を狙撃していた。屋上に配備していた残り全ての別動隊90人が地上に向かって弾丸の雨を降らせた結果、地上にいた75人の隊員達は一瞬で全滅する。
「何でこうなるんだよ!」
その建物から見える蠅の化け物3体を見据える。あれを撃てば、操られている隊員達は自害、つまり死ぬ。それはオレの手で殺す事と何ら変わりない。引き金に触れる指が震える。
ただ、蠅の化け物を殺さなければ他の中隊にまで被害が及ぶかもしれない。殺すべきか殺さないべきか。葛藤の末、引き金を引いた。直後、光が化け物を貫く。
遅れて操られていた隊員達が自身を銃で撃ち、自害する。その光景に目を背け、残りの蠅の化け物の捉える為に、移動する事にした。
建物の屋上から、他の建物の屋上に助走をつけてジャンプし、飛び移る。落ちたらどうしようとか、そんな事考えている場合じゃない。今のオレに、不安も恐怖もなかった。ただ、早くこの状況をどうにかしなければという思いだけ。
再び視界に蠅の化け物を捉え、銃に手を掛けると、不意に通信装置から声が届いた。
『こちら第二中隊! 第三、第四中隊から撃たれている! 至急応援を求む! 繰り返す! 至急応援を!』
『こちら第七中隊! 正体不明のオメガを確認! 視認できない何かに襲われいている! 応援を頼む!』
『こちら第五中隊! 尖沙咀で住民を守りながら戦闘中! 弾薬が残り少ない! 誰か来てくれ!』
『こちら第十中隊! 第九中隊が全員自害した! 一体何が起きているんだ!』
ここだけじゃないんだ・・・。既に戦場は、混沌に包まれていた。
他の中隊が混乱している中、第一中隊は壊滅。早く応援に行かなければ、他の中隊も似たような事になってしまうだろう。戦況は絶望的だが、自分のやる事をやらなければ。
オレは止めていた手を動かし、蠅の化け物を1匹残らず駆除する。自身の率いていた隊員達全てを犠牲にして。
「すまない・・・」
許される事ではないのは分かっている。戦場に立っている限り、躊躇する事は死を意味する。止まったら死ぬ。ただ、ひたすらに戦い続けるんだ。自分にそう言い聞かせる。




