237.吾輩の名はシロである
生を受けた直後、吾輩は自然豊かな世界を蹂躙する為にその地へと降り立った。本能に刻まれた人を喰い殺し、世界樹を傷付けろといった命令をこなそうとした時、近くにあった泉の水面に映る自分に目が向いた。
その瞬間、吾輩は別の個体とは異なっている事を悟った。他とは違い、顔立ちも体付きも細く、体表も白い。知性にも違いがあるのか、吾輩は闇雲に突撃せず、敵の様子を伺う事にした。
同胞が一つ、また一つと命を落としていくどころか、一瞬で壊滅させられた。吾輩はそこでようやく敵がどの様な存在か認知する。絶対に勝てない相手だと。
そうして一人の小さな人間と同胞を皆殺しにした羽の生えた人間、耳の長い人間に囲まれてしまった。直後吾輩の体は物凄く強く、見えない力で押さえつけられた。
必死の抵抗も虚しく、小さな人間が吾輩の額に触れ、何かを言った。
「―――――――――」
言葉の意味は分からない。ただ、それと同時に頭の中に掛けられていた呪いの様な本能が静まり返った。人を殺せという本能が。
そのおかげで荒れ狂っていた頭がスッキリし、今まで赤い血で染まっていた視界がクリアになった。更に羽の生えた人間が吾輩に命令を下す。
『許可なく人間を傷付ける事は許されない。クララの言う事は絶対。クララを傷付ける者がいたら容赦しなくていい』
どうやらこの小さな人間は『クララ』という名前らしい。この者の命令は絶対。つまりは吾輩の主人になったという事か。
吾輩の首筋を撫でているこの小さなご主人様が、名前を授けようと試行錯誤している。
「ブラックデストロイヤー」
意味は分からないが良い名だ。しかし、どうやら羽の生えた人間は不服だったらしい。
「――――――」
聞き取りづらい言語で青い人間が何かを言ったが、これも不服の模様。
「ならシロにする」
シロ。それが吾輩の名になった。悪くない。その意味は分からないが、きっと物凄い意味が詰まった名なのだろう。
吾輩はそれを理解できる日が来るのを願いつつ、ご主人様との生活が始まった――
「お手」
「ワフッ」
空を飛んでいる黒い巨大な鳥の中にある吾輩の部屋。そこでご主人様が差し出した手に右の前足を乗せる。
「おかわり」
「ワフッ」
次は左。
「伏せ」
「ワフン」
獲物に飛び掛かる前の体勢。
「ちんちん」
「バウッ」
座って腹を出す体勢。
「おすわり」
「ワフッ」
ただ座る体勢。
「バン」
「ワフ~」
そして床に倒れる。
「よしよし」
ご主人様の命令をこなすと、頭を撫でておやつをくれる。至福の時間だ。
戦場ではその小さな身を吾輩の背中に乗せて駆け巡るのだが、それ以外ではこうして訓練をしている。
「じゃあ兄のとこ行くから良い子で寝ててね」
けど夜になるとご主人様は羽の生えた人間の元へ行ってしまう。何度か行かせまいとあらゆる手段を講じたが、あの人間には勝てなかった。指をパチンと鳴らされると、気が付いた時には吾輩のベッドの上で朝を迎えているのだ。
次の日にご主人様が帰ってくると、疲れ切った表情で全身からあの人間の匂いを漂わせている。きっと一晩中ひどい事をされているに違いない。
――いつか・・・いつか吾輩がご主人様を救ってみせる・・・!
「シロ、ごはん」
――ごはん!?
「ワフッ」
皿に盛られた肉を見ると涎が止まらない。
「待て。・・・よし」
「ワフワフ!」
ごほんごはんごはん!
肉を食らっていると、ご主人様がふと呟く。
「シロは猫なのに、鳴き声は犬・・・不思議」
ネコやらイヌなるものが何かは分からないが、ご主人様が楽しいなら吾輩は嬉しい。
「食べ終わった? じゃあ散歩」
「ワフッ!」
さんぽさんぽさんぽ!
ご主人様を乗せて緑色の服を着た人間がいっぱいいる場所を走り回る。最初は驚かれていたが、今では毛が長い人間に囲まれて撫でられる始末。
「次はシャンプー」
「ワフ・・・」
シャンプー・・・体を水で洗われて匂いがする白いもこもこに身を包まなければならない。苦痛だが、これに耐えなければご主人様は遊んでくれない。違った、訓練してくれない。
「ワフン・・・」
耐えるのだ。耐えるのだ吾輩・・・!
ブォオオオオオオ――
温かい風が出る銃で体を乾かすと、吾輩の毛が見違える様にフワフワになる。この瞬間は嫌いじゃない。
「良い匂い」
そしてご主人様が吾輩に抱き着き、匂いを嗅いでくる。そのまま寝てしまい、起きてから訓練をするのが一日の過ごし方。
夜になればまた大好きなご主人様があの人間の元へ行ってしまう。吾輩の戦いはこれからだ。
吾輩の名はシロである。ご主人様からもらったこの名に恥じぬ様、かの者へ今夜も挑む。例え勝てない戦いであろうと――
「シロ、ごはん」
「ワフッ!」
ごほんごはんごはん!




