227.おふくろの味
お兄さんの戦闘記録を見た私は、途轍もない後悔の念に襲われていた。今までの戦闘で負った怪我が全て記載されており、その中身があまりにも酷いものだった。
アンラ・マンユにより顔の左半分の喪失、左腕の切断。その後失血によるショック死。1か月後に蘇生され、左腕も接合に成功。
この時、私は初めてオメガ因子の存在を知った。お兄さんは人間をやめた事で驚異的な能力を得る事が出来たのだ。その代償がどれ程の苦痛かは理解出来ないが、人類を守る為にどれだけ自分を犠牲にしているのか、私には到底理解出来ない。
他にもオケアノスの自爆による鼓膜破裂、内臓破裂。ベリアルにより内臓破裂、右腕を引き千切られる。その後、オケアノスのオメガ因子を使って自爆し、心肺停止。
怪獣みたいな超巨大オメガ『ガイア』との戦闘で左腕を酸で溶かされ、共生関係にあったオメガ『ワタツミ』によって心臓喪失および脳の一部を損傷し昏睡状態に陥る。それも一般人を助ける為に・・・。
両腕を失ったというのに、その後覚醒したと思えばアールヴヘイムと惑星マザーの防衛作戦にすぐに参加。私の権限では惑星マザーでの作戦を見る事は出来なかったけど、そこでもおそらく大怪我を負ったのだろう。なぜかと言うと、それを機にお兄さんは騎士団を抜けているから。後遺症が残る怪我を負っている可能性もある。
「こんなに大変な目に遭っているのに――」
――後方支援部隊を設立してくれて、私達には戦わなくていいと言ってくれる。
私が同じ立場だったら、絶対にそんな事は言えないだろう。その歩んだ道のりは想像も出来ない程険しいものなのに、他人には優しく出来る。
「これは、誰だって惚れちゃうでしょ・・・」
もし一輝と付き合っていなかったら私も惚れていた事だろう。
「危ない危ない」
気を取り直してはみるものの、見てしまった内容があまりにも強烈過ぎて、脳裏に焼き付いて離れない。
「こんなのサキサキとおじさんとおばさんに言ったら倒れちゃうよ・・・」
何としてでも秘密にしないと。不安にさせる訳にはいかない。だからこの事は絶対に話さないと私は心に誓った。
「で、どうして今日はそんなにソワソワしてるの?」
「えっと・・・それは・・・」
数日後、月に4日ある休みで日本に帰り、サキサキの家に集まっているんだけど、お兄さんの事を秘密にしようと、口に出してはいけないと思えば思う程口が滑ってしまいそうになってしまい、挙動不審になってしまった。それをサキサキに心配されてしまっているのが今の状況。
「もしかして・・・お兄に何かあった・・・?」
「ち、違う違う! お兄さんに何かあった訳じゃなくて! いやあったんだけどそうじゃなくて!」
――ああ! 隠し事が出来ない性格が恨めしい!
どうしても顔に出てしまう私をみんなが心配するが、お兄さんは今は無事なのは確かなんだけど! お兄さんの過去を勝手に見てしまったという話であって! でも内容が内容だから言う訳にもいかなくて!
「お願い美奈。話して」
「うぅ・・・。うがぁあああああああ!」
結局どうしたらいいのか分からなくなってしまった私は全てゲロってしまった。日曜日の今日、サキサキのご両親もいる居間で全てを。どれだけ過酷な作戦に参加していて、今までどんな怪我を負ってきたのかを。
「あぁ・・・ケイ君・・・」
おばさんが貧血になったみたいに体から力が抜けて倒れそうになるのをおじさんが押さえる。だから言わない方がよかったのに、と後悔してしまう一方で、ゲロってしまったおかげで楽にもなれた。もちろん、オメガ因子の事は言っていない。機密事項のあれを言ってしまったら流石に処罰されかねないから。でも言いたい!
「お兄がそんな事になってたなんて・・・」
サキサキも顔から血の気が引いているけど、肝心なのは今は無事だという事。
「確かにそういった怪我は負ったけど! 今はピンピンしてるから安心して!」
そうだ。つい数日前にも直接会って話したんだった。家族に伝言を頼みたいというので向こうから来てくれたのだ。
――伝言・・・?
「あ! そうだ! お兄さんから伝言頼まれてたの忘れてた・・・」
「はぁ・・・ちょっと美奈。しっかりしてよ」
リンリンに怒られてしまった。忘れないでちゃんと思い出しただけでも十分偉いと褒めて欲しかったのに・・・。
「まあ、美奈が忘れずに思い出しただけでも勲章ものだと思うけどな」
でも代わりに一輝が褒めてくれた。流石分かってる!
「それでお兄はなんて?」
「えっとね・・・オメガとの戦いが終わる目処が立ちそうだから、上手くいけば1年ぐらいで帰れるかもって」
「ホントに!?」
喜ぶサキサキとおじさんとおばさん。でも伝言に続きがある。
「でも上手くいかなかったら3年ぐらい掛かるかもとも言ってたんだよね・・・」
「3年・・・」
既に4年が経過しているというのに、それの半分近い3年が更に掛かるともなれば、帰れると分かっても嬉しくはないだろう。
「あとは、おばさんのカレーが食べたいとも言ってました」
「ケイ君・・・帰ってきたらたくさん作ってあげないと」
おばさんのやる気が湧くが、食べたい料理はそれ以外にもたくさん聞いている。
「他にもハンバーグと生姜焼き、魚の煮付け、三色丼に牛のすき焼き、肉じゃがと豚肉入りのきんぴらごぼう、お味噌汁と卵焼きでしょ。唐揚げとトンカツ、筑前煮とおでん、それから――」
「ちょっとちょっと! それ美奈が食べたいものじゃないの?」
「失礼だなぁサキサキ。ちゃんとお兄さんが言ってたんだよ? とにかく和食とおばさんの手料理が食べたいって」
カレーとハンバーグは和食じゃないけど。でもカレーはそれぞれの家庭で全く味が違うからおふくろの味と言っても間違いじゃない。私もおばさんのカレー大好きだし。
「そっか・・・。ケイ君も元気にやってるなら良かった」
「確かにケイジの好物ばかりだったな」
おばさんとおじさんが笑いある。それを見てサキサキも笑顔になる。お兄さんは確かに壮絶な戦いを経験してきた。でも、それでも帰りたい場所はいつまで経っても変わらない。
早く戦争が終わって、お兄さんがココに戻ってこられたらいいのに。私は天にいるあの方に心の中で祈る。
――ルシファー様。漆葉一家が家族全員揃える様に、戦いをなるべく早く終わらせて下さい。何卒、何卒宜しくお願い致しますで候。




