215.相殺
ケイジが地表にある巨大な穴の中に単独で先行した数分後、離れた穴から無数のオメガが姿を現す。どうやらケイジがいなくなるのを見計らっていた様だ。それだけ彼を警戒しているのだろうけど、かといって見くびられては困る。私達だって彼におんぶにだっこされているだけの女ではないのだから。
「ルカ君。指示をちょうだい」
実戦経験豊富なクーナに任せるべきかと思ったけど、あくまで騎士団長はルカ君。不測の事態にも対応できる様になる為にも、彼の成長を促さなければ。私も戦いに詳しい訳じゃないけど、もし間違っていたらクーナが指摘してくれるだろう。
「はい。目視ではありますが、トウテツとゴライアスが確認出来ます」
『奥にクトルゥフの群れも存在している。注意するんだ』
「では騎士団と一般兵でトウテツとゴライアスを。マキナ達デウスエクス部隊はクトルゥフの対処をお願いします」
ミスターコマンダーのおかげでクトルゥフに不意打ちされずに済みそうだ。一般兵にも射撃させるとなると、ルカ君やメイシャ、アンジェ達が前に出られないけど、イザベラ達がいれば戦車型のゴライアスも容易に倒せる。わざわざ前に出る必要もないか。
機動力も活かせなくなってしまうけど、隊列を組んだ上で一斉射撃するとなるとこちらも必要ない。私達が前に出れば銃弾を節約できるけど、今は気にしている暇はないだろう。最近は大丈夫だけど、この間まで防衛軍に対する風当たりが強かったから、そんな事まで気にしなければならないのは本当にどうかと思う。
ケイジがいつも民衆に強く当たっている理由も理解できる。苦労を知らない人間は、総じて人からの厚意を当たり前に思い、感謝出来ない可哀そうな人種なんだと割り切るしかない。残念ではあるけど。
ルカ君の指示の元、私達はそれぞれのオメガの対処を始めるが、すぐにクソガ――マキナから連絡があった。
『おい。脳ミソ野郎が全然見当たらねぇぞ。どうなってんだ?』
「そんなはずは・・・。クララ、クトルゥフがどこにいるか分かるかい?」
いつもは輸送船で待機しているクララちゃんだけど、今は私達のそばで細身のバステトに跨っている。そのまま目を瞑る。千里眼で戦場の奥を見ているのだろう。
「・・・いる。でも低く飛んでる」
「だから見えないのか・・・でも何で?」
クトルゥフがそうする理由は分からない。だけど何かしらの理由があるはず。そう考えていると、クララちゃんが目を見開いた。
「丸く並んでる。――『アレ』が来る」
クトルゥフが円陣を組んでいると言う。その理由は1つしかない。ただ、その状態だと他のオメガ毎飲み込んでしまうのではと思ったが、今この惑星には無数のオメガがいる。多少の犠牲など痛手にならないのだろう。
逆に言えばトウテツとゴライアスはただの時間稼ぎでしかなかったのかもしれない。それとゴライアスの巨躯でクトルゥフを隠していたのか。真実は分からないけど、『アレ』が来るのであればすぐにでも対策しなければ、こちらの犠牲が出てしまう。
範囲内から逃れる為に退くか、未然に防ぐ為に前に出るか・・・。正解なんて結局は結果論だから分からないけど、果たしてルカ君はどちらを選ぶだろうか・・・。
ルカ君も頭を悩ませるが、すぐにクララちゃんに視線を向ける。
「クララ、止められそうかい?」
「ん。楽勝」
そして彼は第三の選択肢、クララちゃんを選んだ。それは私の中に無かったものだから、驚いてしまった。彼女だけで食い止められるのか不安だが、その彼女自身が余裕だと言っているのだ。ここは任せても問題ないだろう。
答えが出てから、クララちゃんは目を閉じて集中する。私達は彼女を守る為に囲ってトウテツとゴライアスを食い止めて時間を稼ぐ。みんなが射撃し、私は飛んで小惑星を降らせたいところだけど、クトルゥフのアレが来た時に跳んでいるのはあまりにもリスクがある。その為アダマンタイト製の短い槍を取り出す。前にケイジが使っていた剣みたいに、ブレスレット状にして装備していたのだ。
それをサイコキネシスで操り、トウテツを貫いてはゴライアスの眉間に突き刺す。アダマンタイトを使い捨てにする訳にはいかないので、そのまま回収して再利用をひたすら続けていく。
戦況が好転せず、こちらの弾薬が一方的に減っていく中、不意に視界の端でトウテツの死骸が宙に浮くのは見えた。
「来るわッ!」
クトルゥフのアレが来る。そう告げると、戦場にいる人全員に緊張が走った。地球よりも重力が低いこの惑星では、アレの脅威は計り知れない。
見えない力に体を引っ張られる感じがしたかと思えば、今度はゴライアスの死骸も重力に逆らって浮いていく。
オメガの群れの奥、仲間の犠牲を気にもせずに展開されたクトルゥフのブラックホール。低空で展開されたそれは、徐々に吸い込む力が強まっていき、やがて立っているのもままならなくなる。サイコキネシスでみんなの体を地面に固定してその場を凌ぐ。
「クララッ!」
ルカ君がその名を呼ぶと同時に、クララちゃんが手を前に差し出して全力のサイコキネシスを繰り出す。空間を歪ませ、小さなブラックホールをクトルゥフのそれの近くに生み出す。2つのブラックホールがぶつかり合い、金属を無理矢理曲げている様な不快な音が響き渡る。
このまま押し負けてしまわないか心配だったが、吸い込む力が徐々に弱まっていき、やがて完全に消滅した。
「本当に相殺したの・・・?」
正直できるとは思っていなかった。私よりも瞬間的な出力は高いとはいえ、あれを止めるのは到底不可能だと思っていたからだ。だが、クララちゃんはそれをやってのけた。
褒めてあげようと彼女に視線を向けると、虚ろな目をし、肩で息をしていた。そのまま飼い慣らしたバステトのシロの上からずり落ちそうになった彼女を慌てて支える。
「大丈夫ッ!?」
「・・・ん。・・・余裕」
全然余裕そうには見えない。でも軽口を叩くぐらいには意識ははっきりしている様だ。
「ありがと。ミカ」
「ううん。クララちゃんこそよく頑張ったね」
その小さな頭を撫でてあげるが、ガス欠を起こした彼女にこれ以上戦いを強いるのは酷だろう。彼女にはこのまま休んでもらうとしよう。転送装置を起動すれば、シロが寝室まで運んでくれるだろう。
「休んでて。後は私達がなんとかするから」
「ん」
思っていた通り、シロがクララちゃんを連れて光の柱に身を投じる。彼女の頑張りを無碍にしない為にも、ここからは私達が頑張らないと。
とは言え、クトルゥフがトウテツとゴライアスの群れを片付けてくれたし、視界を遮るものがなくなったおかげで、生き残っていたクトルゥフもクソガ――マキナ達が仕留めてくれている。
とりあえずはひと段落、といったところか。ふと一人で先行している彼を思い浮かべる。
――ケイジは大丈夫かしら・・・。




