200.寿司
立食パーティをみんな楽しんでいるか確認しようと、アンジェ達を見ると4人で既に用意されている料理を楽しんでいた。ルカはクララに振り回されて開幕からデザートを取りに行かされている。そしてクーナさんはというと、テレビ局のお偉いさんと思わしき人間に絡まれていた。
長身でメガネを掛けた40前後の男性。そいつからテレビに出演してもらえないかと問われているが、断るクーナさんに頑なに食って掛かる姿はあまりにも無様だった。今度はオレが助け舟を出す側になろう。
「クーナ。何をしている?」
「ケイ、ルシファーか」
近付いて声を掛けると、オレの名前を言い間違えそうになったのを立て直したクーナさん。彼女を呼び捨てにするのは慣れないが、堪えるしかない。
彼女もオレが助け舟を出そうとしている察したのか、こちらに寄り、ミカエラとは反対側の腕に手を回す。オレはその男を一瞥してからすぐに視線を外した。ルシファーが戦わない者に生きる価値はないと言ったのを思い出したのか、相手は苦虫を噛み締めた様な表情をする。取り合ってもらえないと分かっているのだろう。
「助かったぞケイジ」
「大変でしたね。今日は変な虫が多いから注意しないと」
「ん? 虫なんていないぞ?」
地球のこういった言い回しが通じないクーナさんあるある。首を傾げる彼女がまた可愛らしく、愛らしい。ミカエラと同じデザインの青いドレスを着た彼女だが、その青さは彼女の髪色には勝てない。それ以上に美しい青を、オレは見た事がないと断言できる。
このまま連れ去りたいのを我慢する。騎士団に言い寄ろうとする連中も少なからずいるのだから、気は抜けない。
結局イザベラやアンジェ達に言い寄ろうとする政治家も現れ、オレ達はみんなで固まって行動する事になった。イザベラが酔っぱらっているから誰かぶん殴らないか心配だし。それにオレを含めてこういった場に慣れているのがミカエラだけだから、外面を良くしようとすら思っていない
そんな中、また若い男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ブロンドヘアーで顔はまあ悪くない。ルカには負けるけど。笑みを浮かべているが、そろそろオレ達がウェルカムな雰囲気を出していないのを察してほしいものだが。そう思っていたが、ミカエラが前に出ていく。
「久しぶりですね。ミカエラ」
「ええ、久しぶりね。リアム」
どうやら顔見知りの様だ。その男はそのままミカエラの前で屈み、あろうことか彼女の手を掴んで手の甲にキスする。
――殺そうかな、コイツ・・・。
おっと、マズい。こういった日本にない文化を今後は受け入れていく必要がある。そう自分に言い聞かせて殺意を押さえ込む。だが、オレの意思に反して翼に力が集約し、光を放ち始めた。それを見たリアムと呼ばれた男が目を見開いてオレを見る。
「おお! ・・・神秘的で美しいですね。お初にお目にかかります、ルシファー様。私はリアム・アーサー。イギリスという国の王族です。まあ、私に王位継承権はありませんが」
自己紹介されるが、思っていたよりも大物だった。それと複雑な家庭事情が窺えるが、そんな事はどうでもいい。オレはコイツをどう殺そうか、じゃなくて殺さない様に我慢する事で頭がいっぱいだからだ。
「・・・そうか。普段は何をしているんだ?」
「私は王室から離れて、今は薬品会社を経営しています」
「・・・そうか」
薬品会社、というかもはや薬なんてオレには無用だ。病気なら生命魔法で治せるし、毒も効かない。どうやら今後、彼と関わる事は無さそうだ。
縁が無いと分かり、彼への興味が消え失せると同時にホールの扉が開かれ、板前さんが入室した。楽しみにしていた寿司が来た。
「ミカエラ。あれがそうか?」
「えぇ、そうよ。ごめんなさい、リアム。彼寿司に興味津々で」
「アハハ。確かにその様ですね」
立ち去るオレ達に対して優男は怒らずに見送った。もしこの場に他の人間がいなかったら、殺しはしなくても洗脳するか記憶を改竄していたと思う。人目があるから我慢したオレ偉い。
そんな事よりも寿司だ。板前さんの前に行くと、久々に日本人と白く輝く米を見たのを思い出す。よくオレ今までの食生活我慢出来たよな・・・。
興味を示しているオレに気が付いたのか、板前さんが一通り握ってくれる。生でマグロの塊を見たのも初めてだし、大トロを食べるのも初めてだ。涎が垂れそうになるが、澄ました顔で平然を装う。そんなオレを見てクスクス笑うミカエラ。
そして日本酒をがぶ飲みしながら寄ってくる悪魔。頼むから今だけは来ないでくれと願っていると、メイシャが羽交い絞めにして連れて行ってくれる。
「何すんだい! アタシだって寿司をむぐっ――」
「ケイジ様が楽しみにされていたんですから、少しだけ大人しくしなさい!」
メイシャもイザベラに付き合っていたせいで、酔っぱらっているのだろう。もうオレの事をルシファーと呼ぶようにしてくれと頼んだのを忘れてしまっていた。頼むから大人しくしていてくれ・・・。
この場にいる人間にバレてもガブリエル大統領が何とかしてくれるだろうが、事実を知る人間は一人でも少ない方がいい。
「お待たせしました。こちらから――」
と寿司が握り終わり、板前さんが順番にネタを紹介してくれるが、全部分かってますと突き放す訳にはいかない。とりあえず聞いているフリだけして、説明が終わると同時に箸を手にする。
――まずは淡泊な鯛から。
久々の醤油を付けて口に入れる。醤油の塩味、米の甘味、酢の酸味、そして鯛の香りと旨味が舌の中を駆け巡る。美味い、という感動よりも、押し寄せてくるのは懐かしさ。日本で過ごした日々が脳内で再生される。
高校には数日しか通えなかったが、小・中学校でバカをしていた日々。当時好きだった女の子と同じ高校に通う為に受験勉強を頑張った事。そして父さんと母さん、沙紀と一緒に出掛けたり、帰りに回転寿司を食べに行ったり・・・。
家族に会いたい――我慢していたはずの想いが一気に暴れ出す。
一筋の涙が頬を伝う。それに気が付いたミカエラとクーナさんが抱き締めてくれた。
いつか、きっと、帰れる日が来るだろう――
そう信じて、大トロを口にする。
「美味ッ!」
バサッ――
やっぱしばらくは日本に帰れなくてもいいかも。モグモグ。




