193.エッフェル塔
初めての指揮。それもお兄さんがいない戦場で。不安と恐怖が入り混じった感情に襲われるが、お兄さんに任されたこの役をやり遂げねばと、己を奮い立たせる。
エッフェル塔の近くの公園で、輸送船からみんなを率いて降りると花火を見ようと避難していない民間人が寄ってくる。夜だというのに凄い人の数だ。
「え? 防衛軍のパレードあんの?」
と僕達の事もイベントの一環だと思って盛り上がる民衆に頭を抱えてしまう。
「みなさんっ! オメガの襲撃が予測されているので避難して下さい!」
叫ぶ様に言ってみるものの、民衆の盛り上がりに掻き消されて誰の耳にも入らない。どうしようかと思ったが、イラつきを抑えきれなかったイザベラさんが舌打ちをしてライフルを民衆に向ける。
「うおっ!?」
先頭のグループが気付くが、暗いし、人の数が多いから全員がそれに気付くはずがない。イザベラさんもそれを理解しているらしく、地面に向けてライフルの銃口を向け、そして――
ダンッ! ダンッ! ダンッ!――
3発の銃声。普通の銃よりも威力が高く、弾も大きいバトルライフルの銃声は凄まじい。そのおかげで会場全体が静まり返った。
「今から3分以内に消えなかったら撃ち殺す」
民衆に銃口を向けてそう言うと、会場にいたイベント参加者が騒然と、蜘蛛の子を散らすように各々が駆けだす。それに追い打ちをかけるイザベラさん。もう何度か威嚇射撃をするが、パニックになった民衆が冷静さを失い、他の人にぶつかってはモミクチャにされてしまう。結果的に言えば、避難は全く進まなかった。
「はぁ~・・・」
イザベラさんがため息をついているが、僕も同じ気持ちだ。民間人を守りながらの戦いとなると、かなり厳しい状況になりそうだ。一先ずお兄さんに連絡しておこう。
「お兄さん、すみません。今大丈夫ですか?」
『ああ。どうしんたんだ?』
宇宙にいるというのに、いつもと変わらないその雰囲気の声に少し安心してしまう。
「民間人の避難が全くうまくいかなくて・・・。お兄さんの力が必要になりそうです」
『さっきのイベントの参加者か・・・』
通信機越しにため息が聞こえた。お兄さんはなんやかんや民間人に厳しい面があるから、もしかしたら見捨てろと言うかもしれない。
『ルカ。優先事項を伝える。今回の第一優先事項はオメガの殲滅だ』
「はい」
『次の優先事項は兵士全員の安全を維持する事。避難していない民間人を無理に救助する必要はない。自分の身を守る事を優先しろ。例え、逃げ遅れた民間人が殺されそうだとしても』
「ッ!?」
やっぱり・・・。その判断は間違っていないとは思う。でも、過去にお兄さんに助けられた僕は、同じ様に誰かを救う人になりたい。
「・・・分かり、ました」
だけど、お兄さんの命令は絶対だ。正直納得しきれてはいないけど、言う通りにしないと。
『冷酷に聞こえるかもしれないが、バカな連中のせいで兵士が傷つくのなんて許さない。それに、オレはお前達が無事ならそれでいい』
冷酷なんかじゃない。ただお兄さんの中で僕達、そして命懸けで戦っている兵士の方が、戦っていない人よりも大切なだけだ。お兄さんはいつだって優しく、気高い。凛としたその姿に憧れ、いつまでも背中を追っていたいと思わせてくれる。更には天使、いや神になったのは予想外だったけど。
「了解です。みんなの安全を優先します」
『ごめんな。辛い役割を任せて』
「いえ。必ずやり遂げてみせます」
そうだ。情けない姿を見せる訳にはいかない。絶対に作戦を成功させなければ。そしてその作戦は、オメガの殲滅であって、民間人の救助でも護衛でもない。僕達は世界を守る為に戦っているのだから。
「作戦を伝えます。騎士団はイベント会場の北側で待機。一般兵はイベント会場の周辺に散開して待機して下さい」
とりあえずは一人でも多くの人を救いつつ、オメガを殲滅する。周辺の建物にも人がいる様に見えるが、とりあえずは屋外を優先して守る。
もし建物にオメガが侵入したその時は――
「お兄さんの言う通り、無理な救助はしない」
ただでさえ足手まといが多い戦場。全てを救うのは無理だと割り切るしかない。
「おい。俺達はイベントにでも参加してればいいのか?」
不意に背後から嫌いな声が聞こえた。デウスエクス部隊、通称機械兵部隊のリーダーだ。
「マキナ達は会場の南側を。無理をしない範囲で一人でも多く救うんだ」
「はん。見捨てりゃいいものを」
悪態をつきつつ、指示に従って機械兵を連れて移動する。彼なら平気で民間人を見殺しにするだろう。
僕達も移動しなければ。みんなを引き連れて移動していると、避難した際に転び、他の人に踏まれたのかボロボロになっている人達が見えた。可哀そうだとは思う。だが、もうオメガが来る。
「助けて・・・」
救いを求める声を無視するのは心が痛むが、手当てをする時間はない。みんなも助けようかと迷っているが、心を鬼にして進み続ける。
――そうだ。辛いのはみんなも同じなんだ。
僕だけじゃないと分かった瞬間、少しだけ気が楽になった。作戦通り、会場の北側に移動したところで、時間が訪れた。
「到着予想時刻まで3、2、1――」
ダァアアアアンッ――
ポッドが着弾すると同時に花火が打ちあがる。真っ暗な空ではポッドは視認出来なかったが、花火の明るさのおかげで着弾地点がハッキリと見えた。中から大量のトウテツが姿を見せる。そしてエッフェル塔に新型と思わしきオメガが陣取っていた。
「迎撃開始ッ!」




