181.最後の鍵
残ったのは頭部と胸部、そして右腕のみ。もはや死体と言っても過言ではないその有様のまま、オレは穴の中を落ちていく。
どれだけ長い時間落ちていたのかは分からない。朦朧とし、意識が遠のいていく中、終着点へと着く。重力が和らいだのか、落下の衝撃はほとんどない。
――惑星マザーの中心部。地球とは違い高温、という訳ではない様だ。逆に寒いぐらいだ。地面から伝わる冷たい感触。それが虫の息のオレの命を徐々に奪っていく。
ここが死に場所だと悟る。瞼を閉じて、死を受け入れようとしたその時、暗闇の中で光を発する存在を目にした。
人間の形をした光の塊。初めて見る様で、どこかで見た事がある様な、懐かしい感覚に陥る。
『暁の子よ。よくぞ全ての火種を集めた。後は最後の鍵を』
――最後の鍵・・・?
この光が何を言っているのか全く理解できない。戯れ言を聞くつもりはないと、目を閉じる。
『君が今触れているもの。それはアダマンタイトだ』
オレの背に伝わる冷たい感触。金属みたいに冷たいそれは土ではなく、アダマンタイトだった様だ。
『このアダマンタイトは核を包むだけの存在。今の君であれば、容易に突破できる』
確かに、オレであればアダマンタイトの壁なんて、『操作』の力を使うだけで通り抜けられる。
『さあ、核を目指すんだ』
言われるがまま、地面だと思っていたアダマンタイトに右手で触れ、穴を掘る様に形状を変えてその中を進む。
地球で言うマントルにあたるその層を突破すると、先程までの暗闇が嘘の様に晴れ、光の奔流が目に入る。
白、青、緑、紫――荒れ狂う光と呼ぶに相応しいそれは、核と呼ばれる存在から放たれているのをすぐに理解した。何故なら、その奥にはオーロラの様な光で出来ている何かがあったからだ。
その何かは、固体でもあり、液体でもあり、気体でもある。同じ温度でも状態が安定していない物質『オリハルコン』。
そして膨大なエネルギーを有しているそれに近付くだけで、体が徐々に分解されてしまう。それに伴って燃やされていると錯覚してしまう程の激痛を感じる。
先程のオメガから手に入れた『吸収』の力でオリハルコンからエネルギーを吸い取りつつ、『再生』で体を治療する。今の再生の能力は進化し、欠損した部位も修復できる。つまり五体満足の状態へと回復する事も可能という訳だ。だが全身が再生したところで、このエネルギーの波のせいで再び体が分解されていく。
分解・吸収・再生の工程をひたすらに繰り返し、オリハルコンが保有するエネルギーを取り込んで肉体を再構築する。
朦朧としていた意識が痛みで覚醒し、激痛のせいで遠のいては痛みのせいで引き戻される。地獄の拷問の様な苦しみ。再生をやめてしまえば楽になれると分かっていても、死を悟った体が無意識の内に抵抗してしまう。
どれだけの回数をこなしたかは分からないが、あれだけ光り輝いていたオリハルコンの光が消え去り、辺りは真っ暗になってしまった。
逆に先程までいた光の少女『ユグドラシル』みたいにオレの体が光り輝いている。肉体という器よりも内包するエネルギーの方が圧倒的に多いせいでこうなっているのだろう。
この不安定なエネルギーを包み込める物質なんてある訳が――
「アダマンタイト・・・」
そう、あれは硬く、形状変化ができるだけの金属ではない。記憶と言った情報をも移植できるメモリーにもなる特異な物質だ。つまりオリハルコンというエネルギー、情報をも取り込める。
そしてそれが今、惑星マザーの中心部を包める程膨大な量が目の前にある。
『操作』と『吸収』を使い、それを体内に取り込んで体を再度構築し直す。元々オレの体のほとんどはコマンダーの手によってアダマンタイトで出来ていた。今更それらを取り込む事に抵抗はない。
体の再構築中、ふと違和感を覚えた。身体に、ではなくて記憶の方で。オメガになった時の記憶は鮮明に覚えている。その時、人だった時の記憶がほとんど失われていたが、ユグドラシルやコマンダーの事を覚えている事に気付く。
試しに最愛の人達の名前を思い浮かべる。
――ミカエラ
――クーナさん
――イザベラ
――メイシャ
――ルカ
――クララ
――アンジェ
――メアリー
――アニー
――ケイシー
「大丈夫。全員覚えてる――」
そして忘れてしまっていた家族の顔も今では鮮明に思い出せる。奥底で眠っていた記憶がオリハルコンとアダマンタイトのおかげで蘇ったのだろう。
そのアダマンタイトを取り込むのが終わったらしく、凝縮されたアダマンタイトの皮膚がオリハルコンを閉じ込めるのに成功した様だ。惑星マザーの内部に存在していた全てのアダマンタイトが今、オレの体にある。
元々質量保存の法則なんて無視していた摩訶不思議物質だったから今更疑問を抱く事はないが、よくこの体に全て入り切ったものだと感心する。それに惑星マザーの質量が変化して重力に影響を及ぼしていないかという懸念もあるが、それは後で確認しよう。
それよりも今は大切な人達を、みんなを助けに行こう――
と思ったが、自分が全裸である事に気が付く。このまま地上に出るのは気が引ける。どうしたものか悩んでいると、暗闇の中に光が差し込む。
「ユグドラシル・・・」
『遂にこの時が来た――』
アダマンタイトを突破出来なかったのか、壁が消えた瞬間に現れたユグドラシル。そして彼女?がこちらに手を向けると、オレの身が白いローブで包まれる。まるで天使が着ている服だ。
だが、布面積が少なくてオレの大事な所がコンニチワしている為、この身に宿ったアダマンタイトを使い、鎧を重ね着する。これで露出狂にならずに済む。
「最後の鍵ってオリハルコンだった――」
『暁の子よ。気になる事はたくさんあるだろうが、それよりも今はすぐにでも地表へ。君の大切な人達の身に危険が降りかかっている』
――のか、と言いかけたところでユグドラシルに遮られる。話の内容からここでお喋りしている時間はない様だ。
すぐに大穴から地表へ戻ろうとしたところで、ユグドラシルから最後の言葉を掛けられる。
『さあ、思う存分その力を楽しめ。それは君にだけ許された特権だ』
その言葉を皮切りに、オレは加速する。サイコキネシスでの飛行はミカエラしか使えなかったはずなのに、今では思った通りにその能力を扱える。それだけではない。他にも思い描いた通りの事が、今では何でも出来そうな気がする。
全能感を抱いていると、ものの数十秒で穴の脱出に成功する。そしてすぐ近くにみんなと悪魔オメガがいる事を感知する。
――みんな待っていてくれ。今行くから。




