180.悪魔の囁き
決死の戦いが始まる。そう思った瞬間――
「私達もケイジ殿に相応しい女でいたいであります!」
背後からこの場にいるはずのない彼女の声が聞こえた。振り返ると、そこにいたのは彼女だけではなく、全員がいた。先程送り届けたばかりのメイシャ、ルカ、アニー、メアリー。それにアンジェとクララ。
「お前達・・・どうして・・・怪我は・・・?」
つい先程まで重傷で気を失っていたというのに、どうやって起きたというのだろうか?
『傷は残念ながらそのままだ。アドレナリンを投与して無理矢理体を動かせる様にしたに過ぎない』
私の疑問に答える様に、元の体に戻ったコマンダーが現れて言う。戦場でコマンダーを見るのは初めてだ。
彼の言葉通り、皆ボロボロのままだった。だが、今この瞬間は少しでも戦力が必要だ。満身創痍ながらも戦場に赴いてくれた彼女等に期待するとしよう。
「厳しい戦いになるだろうが、ケイジのおかげでヤツも瀕死だ。勝算は十分にある!」
鼓舞し、士気を高めようとユグドラシルの枝を掲げる。皆の顔を見れば、絶望している者は誰一人としていなかった。
勝てる――そう確信した瞬間、予想外な事が起こる。
『本当にそう思っているのか?』
「ッ!?」
悪魔が囁いたのだ。今まで言葉を発したオメガは存在しなかったのは、知能が低かったからだと思われていた。無論、この新型オメガも例外ではないと思っていたが、どうやらその考えを改める必要があるみたいだ。
今まで会話をしている最中に攻撃を仕掛けてこないと思ったら、どうやらこちらの会話を盗み聞きしていた様だ。いや、もしかしたら言語を習得していたのかもしれない。それ程までに知能が高いオメガだと再認識させられる。
『先程の同胞に化ける力を持った者であれば可能性はあったが、貴様らでは傷一つ付ける事は出来ん。勝算など、どこにもありはせん』
そして絶望させたいのか、不可能だと言ってのける。誰が発したかは分からないが、固唾を飲み込む音がした。
『知能は高い様だが、考えは甘いな』
対して、緊張感を見せずにコマンダーが言い返す。ハッタリなのか、何か策があるのかは分からないが、自身を持ってそう言う姿は頼もしく見えた。
『我々は今まで幾度となくオメガとの戦いを経験してきた。苦しい戦いがなかったとは言わない。だが、それでも我々は勝ち続けてきた。お前がどれだけ理不尽な存在であろうと、今回も我々が勝利する』
冷静さの中に隠された憤りを感じる。今の状況にコマンダーも感情を隠しきれずにいる。
なんだかんだ、ヤツもケイジの事が好きなんだ。コマンダーが彼以外と要点以外の事を喋っているのを見た事がないからな。
「そうだ。私達だけでも、勝つのだ。勝たねばならんのだ!」
「・・・その通りだわ。ごめんなさいクーナ、イザベラ・・・情けないところ見せて」
「ハッ、気にすんじゃないよ。昔のアタシに比べたら、大したもんさ」
申し訳なさそうに謝罪するミカエラを、イザベラは鼻で笑う。過去の事は、いずれ彼女が教えてくれるだろう。それだけ私達は深い間柄になったから。
私はミカエラと目を合わせ、言葉を交わす事なくお互いに頷く。今は目の前の敵に集中しなくては。
「勝つぞ。私達の為だけじゃない。ケイジの為にも!」
「「えぇ!」」
「「おう!」」
「「「「はいっ!」」」」
「ん」
三者三様の返事を見せ、私達は覚悟を決める。
『無意味だ。貴様らがオリハルコンと呼ぶあの物質を手に入れ、全宇宙を喰らう! 貴様らは生まれたその瞬間から「あの方」の供物になる事が決まっているのだ!』
翼を広げ、宙に浮かんで威圧するオメガ。自分を大きく見せようとするのは弱者が強者に抵抗する手段の一つ。つまりヤツは自分自身が私達よりも下だと言っている様なものだ。
それに対して、誰も怖気付いたりなんかしない。その証拠に一番幼いルカとクララが一歩踏み出す。
「オメガなんかにオリハルコンを渡してたまるか!」
「ん。クララ達は供物なんかじゃない。兄のもの」
それに続くイザベラとメイシャ。
「黙って巣に帰んな!」
「ここはオメガがいていい場所ではありません!」
そしてヴァルキリー達。
「ケイジさんの仇を討つッス・・・絶対に!」
「私今・・・人生で一番キレてるから・・・!」
「不倶戴天・・・滅殺ッ」
最後に私達。
「ケイジが守ろうとした私達も、この世界も、壊させない!」
「ああ、行くぞ! ここで決着をつける!」
『その心も! 希望も! 全てを粉々に打ち砕いてくれる! 我々の力を思い知れ!』
このオメガとの最終決戦。きっと数人は大怪我をしたり、下手をすれば死人が出るかもしれない。だが、皆覚悟が決まっているが故、例えそうなったとしても、誰も恨みはしないだろう。無論、私もだ。それだけ激戦になる事は容易に想像できる。
お互いに駆け出そうと一歩踏み出す――
『待て』
が、コマンダーが制止する。
「おい! このタイミングで待てはないだろう!」
今更作戦会議でもしようというのかと疑問を抱くが、どうやら違う様だ。戸惑った様子を見せている。
『なんだこの反応は・・・?』
『この期に及んで時間稼ぎか? 貴様らの命運は――ッ!?』
新型オメガも何かに気が付いたらしく、私達に背を向けて大穴の方へ視線を向ける。そしてワナワナと肩を震わせて拳を強く握りしめていた。
『貴様は――貴様は一体何度殺せば死ぬのだ!?』
そこに何があるのかと私達も視線を向けると、居るはずのない『彼』がそこに居た。




