178.絶望の淵に
オメガになってしまったケイジ。見た目は変わってしまったけど、私が彼を見間違うはずがない。
だが、もはや感情や言葉を失い、ただ敵を殺すだけの本能しか持ち合わすだけのオメガになってしまったかもしれないと思いつつも、どこかに私のケイジが残っていると信じてひたすら歩いた。
反対に、どこにもケイジが残っておらず、完全に消えていたらと恐怖も湧いてくる。そのせいで足取りが重たくなってしまうが、何とか追い付く。
人間の姿からどんどんかけ離れ、悪魔みたいな見た目になってしまったケイジ。対峙している新型と似た姿をしているが、私に敵意を向ける事はない。
やっぱりどこかにケイジの心が残っている。そう確信して近付いてみるが、一瞬こちらに視線を向けたかと思えばすぐさま戻してしまった。
もう、二度とあの優しい瞳を見る事は出来ないのだろうか? 不安が募る中、声を掛ける。
「ケイジ・・・お願い、戻ってきて・・・」
だが、再びこちらに視線を向ける事も、優しく問いかけてくる事もなかった。再び戦闘が始まるが、ケイジとは別の、あの悪魔の姿をしたオメガは私を標的にした様だ。
真っすぐにこちらに向かってくるその姿が視界に映るが、ケイジがその背中を攻撃する。囮になったおかげで、結果的に彼の役に立てたのならそれはそれで嬉しかったが、それだけでは終わらなかった。
悪魔のオメガが私に向かって口を大きく開けていたのだ。その口内の奥から青白い光が微かに見えた。どうやら何らかの攻撃を仕掛けようとしているのはすぐに理解したが、彼を無視して私を狙うのであればむしろ好都合だ。
私が犠牲になれば、彼は助かる――
その口から漏れる光。その眩い光に瞳を閉じようとしたその時、ふと視界が暗くなる。同時に、体を優しく押されて尻もちをついてしまう。
「な、んで・・・?」
迸る雷光の如く、青白い光が駆け抜けた瞬間、目の前にいた彼がバラバラになっていた。腹部から下と左腕が根本から消えてなくなり、剣の様に扱っていた鋭利な翼も見当たらない。
一体どうして、私庇ったのかと問いたいが、そんなものは聞かなくても分かり切っている。残っているのだ、彼が。例えオメガになったとしても、消えずに。
「あぁ・・・そんな・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいケイジ・・・」
彼が残っているのに、私を見捨てるはずがない。そんな当たり前の事を、彼がオメガになってしまったというだけで忘れてしまうなんて・・・。
彼の胸の上で泣きじゃくる私。そんな私の涙を拭ってくれようとしたのか、ケイジがこちらに手を伸ばす。
だが、それはあの悪魔によって遮られる事となる。もはや体の半分以上を失い、瀕死となっている彼に容赦なく止めを刺そうと、彼の右腕を掴んで引きずるオメガ。
「ッ!? この! 離しなさい!」
サイコキネシスでケイジを連れ去ろうとするオメガを止めようと押し返すが、全く微動だにしない。今この瞬間程、弱いままでいる自分が憎くてたまらない。彼に一人で戦うなと言っておきながら、隣に立つ資格なんて持ち合わせていないのだから。
私の抵抗は虚しい結果で終わり、ミミズ型のオメガのせいで出来てしまった大穴の近くに投げられるケイジ。そのまま動けない彼の上に立ち、一切の容赦をする事なくその顔面に拳を叩き付ける。
ドガッ――と鈍い音が響き、ケイジの顔を覆っていたアダマンタイトの様な外皮が割られ、その下にあった彼の顔が露わになった。アンラ・マンユの因子を結合してから白くなってしまった髪。そして血の気がなくなってしまった白い肌に、黒く染まってしまった眼球。
だが、例えどれだけ姿が変わってもそこにいたのは紛れもなく『彼』だった。あの優しい瞳と目が合う。慈愛に満ち、自分の安否よりも私を、私達を優先するあの瞳。その瞳が潰され、顔も原型分からなくなってしまう程殴られて変形してしまった。
「やめて・・・ケイジが死んじゃう・・・お願い・・・」
抵抗したところで意味を成さない。出来る事など、もはや命乞いしかない私が懇願するも、止まるはずがない。
――私のせいだ・・・。ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。
彼を追わなければ、おそらく勝っていた。私が足を引っ張ったのだ。そのせいで彼が死ぬ。
今までの人生、他人に迷惑をかける様な事なんて一切しなかった。大統領であるパパに迷惑をかけるのは言語道断だし、汚い人間なんて幼い頃からたくさん見てきた。だから私はそうならない様に生きてきた。
そのはずなのに、この世界は私の大事なものを容赦なく奪っていく。
ママも――
そして初めて愛した人も――
もしこの世に神様がいるなら、私はどうなってもいいから・・・ケイジだけは、どうかケイジだけはお救い下さい・・・――
願いが聞き入られる訳がなく、ゴミを捨てる様に、ケイジが大穴に蹴り飛ばされる。
先程も見た光景。
ゆっくりと落ちていく彼。
もはやこの世界に救いなんてない。
「イヤァアアアアアアアッ!」
彼が死ぬ事。彼を助けられなかった事。彼がいない世界で生きていく事。そのどれもが怖くて、必死に彼に手を伸ばすけど、届くはずがない。
大穴の奥底、暗闇の中に姿を消した彼は、二度とこの穴から出てくる事はないだろう。
――もう、どうでもいい・・・。
彼がいない世界を歩むぐらいなら、この場所で一緒に死のう。
「殺して・・・」
絶望の淵を通り越し、もはや生きる意味すら失った。もうこれ以上、生きていたくない。そう思った瞬間、自然とその言葉が口から漏れた。




