177.人の心
先程聞こえた声を無視し、オレは更に戦闘に特化した形状へと肉体を進化させる。
背中にある翼。今は左右から1枚ずつしか生えていないが、それを2枚ずつにし、先端を尻尾と同様鋭利にする。攻撃手段を更に増やそうとそうした事だが、そのせいで段々と人間からかけ離れた造形になっていく。
ただ複数のオメガ因子を結合させているオレは、元々そうなる様に出来ている。そもそも異種の因子をいくつも結合させている時点で、生物兵器としての準備は整っているのだ。それを人の皮の下に隠していただけで、表に出したに過ぎない。
だから落ち込む必要はない。もっと戦闘に特化した形状を追い求めていかなければ。この悪魔オメガを相手にする場合、無駄にデカくなる必要はない。今の大きさのままでいい。
「グァルルルルル・・・」
息を吐きながら喉を鳴らし、一息つく。もっと時間を掛けて進化したいところだが、そろそろ体内のエネルギーが枯渇しそうだと気付く。
何かを捕食しなければ――
少し離れた位置に――――・・・四足歩行のオメガの死骸が大量にあったはず。それを喰らえばしばらくはもつだろうと移動しようと考えたところで、背後からふと何者かの気配を感じた。
対峙していた敵に注意しつつ、視線を向けると人間が1人が目に映る。先程も戦場に近くにいた金色の髪をした人間。何の為にココにいるのか、理由は分からないがフラフラと覚束ない足取りで真っすぐコチラに向かってくる。
「ケイジ・・・お願い、戻ってきて・・・」
正気を失っているのか、それとも誰かの名前を呼んでいるのか、訳の分からない事を繰り返し呟いているその人間を無視し、再び敵に視線を戻す。一瞬、あの人間を捕食しようかと考えるも、すぐにその考えは消える。
何故なら・・・どうせ人ひとり喰ったところで何の足しにもならないからだ――
それならもっと腹の足しになるものを喰いに行った方が有意義だと考え、移動しようとした瞬間、敵が――の背後の人間に視線を向けているのに気が付く。どうやらオレが一度下がるのを悟って標的を変えた様だ。
好都合だ――
今の内に移動してしまおうとするが、足が動かない。何故足が動かないのか疑問に抱きつつ、飛んで移動しようとするも、翼も動かずにその場に留まる事を強いられる。
一体何が起きているんだ? 試しに前に進もうとしたら、足を動かすのに成功する。だが、後ろに下がろうとしたら動かない。
理由は分からないが、退く事が許されない。オレの中の『―――』がそうさせているのだろうが、残った力で目の前の敵を葬るしかないと、後退を諦めて戦闘を続行する事にした。
人間なんて見捨ててしまえばいいものを悪態をつきたいが、声帯がない為言葉を発する事も出来ない。わざわざそんなものも不要だから、特に問題が生じる事はないが。
牙、手、足、翼、尻尾、そして各種因子が保有している能力を駆使すれば、もはや苦戦する相手ではない。時間を掛けてしまえば折角穴を開けた左肩が再生してしまうので、早速止めを刺そうと最後の猛攻を仕掛ける。
一歩踏み込み、低空飛行で距離を詰める。そのまま爪を振りかぶって攻撃するも、それは簡単に避けられるが、それは想定内。続けざまに翼による刺突、尻尾による斬撃を放つも、翼は避けられ、尻尾での攻撃は千切れ掛かっている左腕をも盾にして防がれる。
が、先程の攻撃を勢いを利用して空中で急停止。先程と同じ様に反転してヤツの背後から攻撃しようとするも、背を向けて走っていた。反撃もせずに逃亡を図ろうとしているのかと思ったが、先程の人間に向かっているのが見えた。
見捨てよう――そう考えるも、意思に反して体が勝手に動く。あの人間を助けようとしているのだろうが、何故そうするのか見当もつかない。
仕方がなく、ヤツを追い、その背に4枚の翼の先端を突き刺し、尻尾の先端で首を斬り落とそうとするも、オレを無視して人間に向かって口を大きく開けている。何か放つのかと思ったが、それよりも先に仕留めてしまえばいい。
そう思ったが、気が付いた時には視界が瞬時に切り替わる。人間の前にテレポートしていたのだ。
――何故? 何をしている? 敵を殺す機会をみすみす逃すのか?
いくつも頭の中に疑問が思い浮かぶ中、たった一つの指令が体を支配していた。
彼女を守れ――
刹那、アレの口から青い閃光が放たれた。あまりにも眩い光が、辺りを白く染める。そのエネルギーの密度から、それがオリハルコンのものだと悟った時には、オレの体は真っ二つに引き裂かれていた。
こうなってしまった元凶である人間は、オレに突き飛ばされて尻もちをついたのと涙を流している事以外は、異常は見られない。
「あぁ・・・そんな・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいケイジ・・・」
――何故、お前は泣いている?
人間の行動を不思議に思いつつ、自身の体の状況を確認する。下半身はおろか、鳩尾のあたりから下が丸々失われており、残った背骨が十数センチメートル程飛び出しているのが見える。4枚あったはずの翼も左肩から先も見当たらず、今この体に残っている部位が頭と胸、右腕だけだと初めて気付いた。
たった一人の人間を救う為に、ここまでの傷を負う必要が果たしてあったのだろうか?
だが、何故か胸の奥底ではホッと安堵している自分がいる。オレの胸の上で涙を流すこの人間を見て、触れて、感じるだけで、何故心が満たされるというのか・・・。
「――――・・・」
名も知らないその人間の名前を呼ぼうと記憶の底から引っ張り出そうとするも、何も出てこない。触れれば思い出せるかと、人間の頬にそっと手を伸ばしたその時、オレの右腕はボロボロになった敵に掴まれて持ち上げられる。先程と比べてどれ程軽くなったのかは考えたくもない。
「ッ!? この! 離しなさい!」
人間が敵に目に見えない攻撃をするも、それが意味を成す事はない。脆弱な人間に出来る事など、たかが知れている。オレも反撃それに残り少ないエネルギーでは欠損した体を修復する事も出来ず、ただ延命する他ない。そのまま大穴の近くまで引き摺られ、淵に投げ捨てられる。
道中、ずっと人間が抵抗していたが、ただ敵をイラつかせるだけに終わっていた。それでも諦めない姿に、「逃げろ」と伝えたい。あの人間が傷付けられるのは、オレの中の『―――』が許さないから。
最後に抵抗しようと右腕を敵に向かって伸ばすが、瀕死のオレに容赦する事なく顔面に拳を叩きつけてくる。仮面、いや兜の様に頭部を守っていた外皮が砕かれる。
露わになった顔。鮮明になった視覚で、あの人間を見つめる。向こうもこちらを見ており、バイザー越しに目が合ったのが分かった。何故オレがこの姿になったのか、その時理解した。
あの人間を守る為だったのだ、と。
ドガッ――ドガッ――
再び顔面に衝撃を受ける。一定のテンポで、オレの顔面が殴られる。鮮明になったはずの視界の左半分が、潰されて見えなくなってしまう。
「やめて・・・ケイジが死んじゃう・・・お願い・・・」
ドガッ――ドガッ――ドガッ――
段々と意識が遠のいていく中、あの人間が必死に止めようとしているのが残った右目で微かに見えた。左目だけではなく、顔と頭部の左半分が潰され、自身の命が残り数分で失われるだろうと死を悟る。
そこで漸く敵の攻撃が止む。もはや指一本動かせないオレが死んだと思ったのだろう。そのまま蹴り飛ばされて大穴に放り込まれる。
「イヤァアアアアアアアッ!」
あの人間がこちらに手を伸ばして悲鳴を上げている。
どうしてそこまで――
その理由は何となく理解している。この体があの人間を守る為に自分の命を投げ捨てる事も厭わないのと同じで、きっとあの人間も同じなのだろう。
誰かに愛されるというのは、案外悪くないものだな――
心なんて捨てたと思っていたが、ただ奥底で眠っていただけみたいだ。
最期に、最後の最期に、それが知れて良かった・・・――




