175.代償
体の力が戻るのにおそらく数十秒程要しただろう。だが、完全に回復した訳ではない。ただ少しだけ動ける様になった程度だ。これ以上の攻撃を喰らってしまえば、立ち上がれなくなるのは体の状態から理解している。
だが、まだ戦っているクーナさんと戦乙女のアニー、ケイシー、メアリーを助けなければ。体に鞭打って奮い立たせ、なんとか戦線に戻ると既にアニーとケイシーが倒れていた。2人共目立った外傷は見られないので、おそらく脳震盪を起こしているだけだと思われる。
そしてクーナさんとメアリーが剣を手に戦っていたが、どう見ても劣勢だ。怪我はないし、攻撃も避け続けているが、ベリアルの時と同様、攻撃力不足のせいでダメージを与えられていない。
ユグドラシルの枝でもダメだというのか――
もはやダモクレスの剣ぐらいしかヤツに対する有効手段がないのかもしれない。そう考えた時、いつまでも攻撃を躱し続ける2人が鬱陶しくなったのか、悪魔オメガが右手の拳に力を入れて地面に向かって振り下ろす。
ドガァアアアアアアアアンッ――
目の前で爆発が起きたのかと疑いたくなる程の威力。ただ地面を殴っただけでコレか・・・。
「クーナさん達は・・・?」
先程まで悪魔オメガの近くにいた2人は無事だろうかと視線を向けると、メアリーを庇ったのか、先程のオレとイザベラの様に下敷きになったクーナさんがいた。吹き飛んできた瓦礫が頭部に当たったのか、メアリーは血を流しながら気を失っており、クーナさんの顔には苦痛の表情が滲んでいた。
「クーナさん!」
意識のある彼女の元へ行きたいところだが、目の前に悪魔オメガが立ちはだかる。
「お前・・・よくもみんなを!」
勝てないのは分かっている。でも、今は少しでも長くクーナさん達から気を逸らさなければ。先程剣と盾の分のアダマンタイトを失ったとはいえ、まだまだ足りなくなる事はない。ジャガーノートを展開し、剣を造り出す。
現実はヒロインの窮地に覚醒できる程都合の良い様に出来ていない。確実にオレはココで死ぬ。それは理解している。
けど、惚れた人の為に死ねるのなら、男の最期としては悪くない――
覚悟を決め、剣を強く握り、悪魔オメガに斬りかかる。
「ケイジ・・・やめろ・・・」
クーナさんの声が聞こえる。ここで逃げてしまえば、彼女達が狙われてしまう。つい先程、オレがいないと生きていけないと言った彼女を残してしまうのは心苦しいが、ホントにオレを追うような真似はしないだろう。他の子達が止めてくれるはず。
ゴメンなさい・・・クーナさん・・・――
心の中で謝罪しつつ、悪魔オメガに剣を振り下ろす。腕でそれを防ごうと頭上で構えるが、それはフェイントだ。そのまま剣を手放し、悪魔オメガにタックルする。
アンラ・マンユとの初戦闘もそうだが、パワーに頼ってばかりで技術を用いた戦いを苦手とするオメガがテクニックに弱いのは知っていた。あっさりとフェイントに捕まった間抜けを抱き上げて、穴に向かう。
ジャガーノートとそれ程体格が変わらないのに凄まじい重量をしていると考えたその瞬間、背中に物凄い衝撃を受ける。殴られただけで、一撃でアダマンタイトの鎧が砕け、背骨を叩き折られてしまう。下半身の感覚がなくなり、その勢いのまま地面を転がる。
「ぐっ! クソいてぇ・・・」
あまりの痛みにマキナみたいな口調になってしまったが、先程までのダメージが積み重なってまともに動く事すら出来ない。だが、目的だった大穴の近くまでヤツを運べたのは不幸中の幸いだった。これでみんなの生存率がぐっと上がったはず。
ジャガーノートを解除すると、既に体勢を立て直していた悪魔オメガがこちらに向かってゆっくりと向かってきていた。立ち上がれずにもたついてしまっているとそのまま首を掴まれ、大穴の淵まで運ばれて持ち上げられる。
「くっ・・・離せ、この・・・」
なけなしの抵抗。例え絶好のコンディションでもこの腕から逃れるのは無理だろう。そのまま空いた手でオレの顔に付いているマスクを掴み、握り潰す。先程からプラスチック、いや発泡スチロールみたいにアダマンタイトを砕く悪魔オメガ。あまりの強さの差に恐怖心すら湧かない。
エネルギーを吸い取られているのか、体から地からが抜け、眠る様に死を受け入れようとしたその時、ミカエラが視界に映った。こちらに来ない様に忠告しなければ。そう思って残った力で抵抗するが、びくともしない。
「あ、ぐぅ・・・ク、そ・・・」
「その手を離しなさい!」
オレを救う為に、サイコキネシスで近くの岩を持ち上げてのその体に落下させるが、全く効いてすらいない。アダマンタイトよりも硬度がある体に対して、そこら辺の岩でどうにかできる訳がない。ミカエラもそう判断したのか、オレが最初の一撃で落としてしまったと思われる剣を拾い上げ、その背中を突き刺そうとサイコキネシスで射出するも、悪魔オメガは驚異的なスピードで振り向き、それをキャッチする。
そして手にした剣を、そのままオレの胸部に突き刺す。
「あぐぁッ!」
バエルといい、どうしてオメガはこうもオレの胸部を貫くのが好きなのだろうか、と疑問を抱いてしまう。まあ、特に理由なんてないのだろうけどさ。
苦痛の声をあげると、ミカエラが泣きそうになっているのが見えた。
ミカエラのせいじゃない――
そう伝えたかったが、首を絞められて声が出ない。何とかその魔の手から逃れようとあがいていると、悪魔オメガの左腕の空間が黒く歪むのが見えた。クララが得意とするサイコキネシス。圧倒的な攻撃力を誇るそれを受けて尚、無傷でいる。今までそれに耐えられたオメガを見た事がないというのに。
ベリアルをも上回る絶望的な存在。もはやダモクレスの剣すら通用しないのではと疑念を抱いてしまう。もしそうなら、今の人類、オートマタ、アールヴでこのオメガを殺めるどころか、傷を付ける方法すら存在しないかもしれない。
彼女もそれを悟ったのか、戦う事を諦める。そのままみんなを連れて逃げてくれと懇願する為に、最後の力を振り絞る。
「み、なと・・・逃げ、ろ・・・」
みんなと逃げろ。オレを置いていっていい。だからみんなと逃げてくれ――
「ケイジも、一緒に――」
こちらに向けられた手。届きもしないとは分かっていても、最後に彼女に触れたくてオレも手を伸ばす。
ゴキッ――
嫌な音が聞こえた。伸ばした手から力が抜け、腕が垂れ下がる。遅れて首を折られたと気付く。
ああ・・・最後に触れる事も、笑顔を見る事も出来ないというのか・・・――
そのままオレは大穴に向かって投げ捨てられる。重力に従って徐々に遠ざかっていく中、ミカエラの方に向き直る悪魔オメガの姿が見えた。このままでは、次はミカエラに矛先が向いてしまうだろう。
「ダ、メだ・・・それだ、けは・・・」
絶対に――
例え、オレの全てを失ったとしても――
例え、どんな代償を払う事になったとしても――
全てのオメガ因子を活性化させる。オメガ細胞に侵食されて黒く染まった悪魔の右腕と同じ様に、全身が悪魔の様な見た目に変化していく。
肉体、記憶、人間性。色々なものが失われていく感覚に陥るが、躊躇はしない。それに――
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
最後には顔も侵食されてまともに声を発する事すら出来なくなってしまい、獣の様な雄たけびをあげる。
止めないって事は、今がその時なんだろ? なあ、ユグドラシル・・・――




