173.悪夢
サイコキネシスで真っ白の大男を持ち上げ、母艦を移動する。どうすればいいのか分からない以上、彼女に相談するのが最善だと判断した。
『私の事はいい・・・。彼らを・・・連れ戻すんだ・・・』
ガーディアンの体を操作しているミスターコマンダーが、途切れ途切れに警告の言葉を発する。彼でも勝てない相手をするのはあまりにも危険だと頭では理解している。けど、ケイジは止まらないだろう。
例え神が相手でも、彼は一人で立ち向かう。そういう男なのだ、彼は。
無謀とも勇敢とも思えるが、彼の戦う理由は勝ちたいからではないのは十分に理解している。何よりも彼の寵愛を賜っている私達が一番それを感じている。
ただ、守りたい。それだけの想いで、彼は戦っている。
それが心地よくて、でも逆に苦しくて、対等になりたいし、ずっと守られてもいたい。矛盾している様にも思えるが、愛とはそういうものだ。言葉では言い表せない程複雑なのは、彼から教わった。
だからこそ、今も戦おうとしている彼を止める訳にはいかない。そしてミスターコマンダーをマザーの所へ運んだ後、私も戦場に戻らなければならない。私と同じ様に考えている彼女達も、きっと戦場に残っているはずだから。
「ここはケイジに任せましょう。大丈夫、彼ならきっと何とかしてくれるから」
本気でそう思ってもいるし、また怪我をしたり死に掛けるかもしれないと心配もしている。ただ、なんだかんだ言って彼は何とかしてくれるのだ。
それからもダメだと言うミスターコマンダーを無視し、マザーのいる母艦の深部へ向かうと、道中に彼女はいた。
『彼を運んで下さりありがとうございます。ここからは私が引き受けましょう』
「ええ、お願いするわ」
彼女の言葉で、ただ指示をこなすだけの感情も意識もないアンドロイドが4体現れ、ガーディアンの体を担いでどこかへ持っていく。
『貴方は貴方のすべき事を。私はガーディアンの修復を行います』
そしてマザーもアンドロイドを追って姿を消してしまう。残された私はすぐに転送室に戻り、惑星マザーの地表に降り立つ。
大穴の付近。つい先程ケイジと別れた場所に戻った私は、その後どうなったのか戦況を確認するが、思いもよらない状況になっている事を瞬時に理解した。
「そんな・・・」
凄惨な状況だった。騎士団のみんなが一目見ただけでも重傷だと分かる傷を負った上で倒れている。クーナ、イザベラ、ルカ君、メイシャ、アニー、ケイシー、メアリー
機械兵のマキナに限っては胸から下が跡形もなく消えている程の怪我、いや故障をしていた。
すぐに手当てをしなければ取り返しのつかない事になってしまうのは頭では理解していたが、肝心のケイジの姿が見当たらない。どこに行ったのかと視線を動かして探すと、大穴の淵に黒い人影があるのに気付く。
ぱっと見ただけで無事そうだと思ったところで、通信機が起動する。
『ミカ! 早く兄のところに行って!』
相手はクララちゃんだ。でも、その声は悲痛の叫びの様に痛々しく、泣いている事に気が付く。
「クララちゃん? でもみんなが――」
『このままじゃ兄が死んじゃう!』
千里眼で一体何を見ているのか分からない。ただ、普段から年相応以上に落ち着いている彼女が声を荒げるのは初めてだった。
彼女の焦りを感じ取った私は、すぐに大穴の淵にいる人影の元へ向かう。近づくにつれてだんだんと露わになったフォルム。同時に緊急事態だと悟る。
大穴の近くにあった人影は1人ではなく、ケイジと新型オメガの影が重なっていただけだったのだ。そして今、ケイジがどの様な状態かというと、新型オメガに首を掴まれて抵抗しているところだった。
「あ、ぐぅ・・・ク、そ・・・」
いつも付けているマスクを割られたのか、見当たらない。そして必死に抵抗するもその力からは逃れられず、首を絞められて呼吸困難に陥っている。いや、今のケイジは呼吸をしなくても生きていけるはず。という事は血管を圧迫されているのだろう。
「その手を離しなさい!」
苦しんでいる彼を救う為に、サイコキネシスで近くの岩を持ち上げてのその体に落下させる。直撃と同時に岩が砕け散るも、微動だにすらしない。すぐさま近くに落ちているケイジの剣を拾い上げ、その背中を突き刺そうとサイコキネシスで射出するも、振り向かれてキャッチされてしまう。
そして手にした剣を、その持ち主の胸部に突き刺す。
「あぐぁッ!」
彼の胸部が貫かれるのは、これで一体何度目だろうか? 苦痛の声をあげる彼。あの新型に武器を与えてしまったのは失策だった。彼が死にかけてしまう事になるなんて思いもしなかった。
すぐに助けないと――焦りが募るが、良晏は思い付かない。
どうしようか悩んでいると、彼の首を掴んでいる新型オメガの左腕の空間が黒く歪む。『空間歪曲』クララちゃんが使うサイコキネシスで、圧倒的な攻撃力を誇る。今までそれに耐えられたオメガは存在しない。
そのはずなのに――
新型オメガにダメージがある様に見えないどころか、気にする素振りすらない。今までのオメガとは比較にならないその強さに、騎士団が成す術もなく負けてしまったのが想像出来てしまった。
ケイジを・・・みんなを連れて逃げないと・・・――
戦う事を諦めた私。その情けない姿を、彼の瞳が見つめる。
「み、なと・・・逃げ、ろ・・・」
みんなと逃げろ。その言葉に自分を含んでいないのは言われなくても分かる。
「ケイジも、一緒に――」
ゴキッ――
――逃げよう。どうやってこの場から逃げるのか分からないし、何も思い付かないけど・・・。何とかして一緒に逃げましょう・・・。そしてどこか遠く、静かな場所で暮らすの。他人に責められるかもしれない。だとしても、貴方が生きてさえいてくれたら、私は笑って生きていける・・・。
だから――
だから嘘だと言って――
首を折られ、虚ろな目をした彼が、新型オメガの手から離れて大穴に落ちていく。
彼が死ぬ訳がない。きっとこれは悪夢だ。すぐに目が覚めて、彼の腕の中にいるはず。そう思わずにいられなかった――
大穴の奥底から獣の様な咆哮が響き渡るが、悪夢から目覚める事はなかった。




