172.特殊型オメガ サタン
穴からゆっくりと出てきた新型のオメガ。その姿はまさに悪魔と呼ぶに相応しい、禍々しい見た目をしていた。
赤黒い肌。ヤギ程ではないが、巻いた黒い角が額から側頭部から生えており、こめかみからも上向きの角が伸びている。計4本の角が悪魔を連想させる。
窪んだ眼窩から真っ黒な瞳がコチラを見据えているが、光が入り込んでおらず、不気味な雰囲気が恐怖心を覚えさせる。他には鼻がなく、白くて長い牙が不揃いに並んでいた。
体は手足があり、人間の造形に近いが、伸長は3メートル程。今までのオメガからしたら小さい様に思えるが、圧倒的な存在感がある。その一つとして、背中からは蝙蝠の様な翼が4枚生えているのだ。一目見ただけで、誰もが悪魔を想像してしまう見た目。
守護者に勝てる程の強さを誇るそのオメガの体表は、血管の様な線から赤い光が明滅しており、膨大なエネルギーが宿っているのが感じ取れる。
その姿に一瞬怯んでしまったが、コイツを野放しにする訳にはいかない。もし守護者のオリハルコンを吸収していたとしたら、人類をも滅ぼしかねない存在だ。正直、オレでも太刀打ちできないだろう。
「だとしても――」
――絶対に退けないッ!
世界の存亡が掛かっている今、引き下がる事は許されない。だけど、この負け戦にみんなを巻き込む訳にはいかない。
新型オメガに注意を向けつつ、オレの傍に来たミカエラにコマンダーを託す。
「ミカエラ、コマンダーをお願い」
「・・・すぐ戻ってくるから、無茶しないでね」
「今回ばかりは約束できそうにないな・・・」
守護者でも勝てない相手に挑むのは、一体命がいくつ必要になるのか見当もつかない。気軽に約束してしまえば、破ってしまう事になるだろう。出来ない約束をするのは気が引けると思ってそう答えたが、ミカエラが不機嫌そうな顔をする。むっと口を噤んでしまった為、バイザー越しでも分かる。
「まあ、出来るだけ死なない様に頑張るよ」
「絶対よ?」
「・・・ああ」
彼女が守護者の体をサイコキネシスで持ち上げ、転送装置を起動して姿を消す。それと同時に、通信機を繋げ、全隊員に告げる。
「総員、ただちに帰還せよ」
ここから先の戦いに参加する必要はない。どうせ人数が多くなったところで、犠牲者が増えるだけだ。遠くで鳴り響いていたワームオメガを仕留める為の射撃も止み、転送装置による光の柱があちこちに現れる。
それらが消えたところで、この戦場には今、オレとこの悪魔オメガの2人だけとなったはずだ。
「マザーも退避を・・・終わるまで、誰にも転送装置を使わせないでくれ」
きっと、みんな助けに来ようとするはず。正直、それはそれで嬉しいけど、みんなには危ない目に遭って欲しくない。こんな事をしてしまえば、また怒られるのは分かり切っている。前にもやった事があるから、今度は許してもらえないだろう。
それでも戦わないと。みんなを、家族を、コマンダーを、死なせる訳にはいかない。
「はあ~・・・どうしていつもこういう役目を買って出ちゃうんだろうな・・・」
ため息をついて、自分の損な性格を恨む。ただ、そのおかげでみんなと結ばれたのだから、悪い事ばかりではない。
「みんなと、まだ一緒にいたかったな・・・」
あまりデートもしていないし、プレゼントも数えられるぐらいしか渡せていない。良い恋人かと問われれば、そうではなかったかもしれない。
いつもみんなを置いて一人で突っ走ってしまい、何度も叱られたのにまた同じ過ちを犯そうとしているのだから。
もしかしたら無駄死にするかもしれない――
みんなと逃げてしまえば、残された時間を幸せに過ごせるかもしれないけど、きっと心から喜べないだろう。
それにここで逃げてしまえば、コマンダーは責任を感じて自分を責めるのは目に見えている。オレが死んだとしても同じか・・・。コマンダーだけではなく、みんなも同じ様に自分を責めて泣いてしまうだろうか?
「泣かせたくはないんだけどな・・・」
どうしていつも、上手く立ち回れないんだろう?
どうしていつも、こんな困難ばかり降りかかってくるのだろう?
ただ、みんなと一緒にいたいだけなのに――
そんな平凡な願いすら叶わないのが戦争なのだろう。例えそうだとしても、オレが戦う訳は地球で平和ボケした日本の為でも、見ず知らずの人の為でもない。大切な人達が生きていける世界を守りたいだけなんだ。
だからこそ――
「ここでお前を倒す。例え、相討ちになったとしても――」
こんな危険な存在を野放しにしておけば、惑星マザーも地球も滅びてしまうかもしれない。それにクラーケンに乗ってアールヴヘイムへ来る可能性だってある。
だからこそ、コイツはここで倒しておかないといけない。例えここで死ぬ事になったとしても。
アダマンタイトの剣を強く握り、恐怖心を抑えて悪魔オメガと対峙する。
ザッ――
そして斬りかかろうとしたその時、ふと背後から足音が響く。
トウテツの残党でもいたのかと振り返ると、そこにいるはずのない人達がその場にいた。
「なんで・・・なんでまだいるんだ・・・?」
先程通信で帰還する様に命じた。そのはずなのに、何故まだここにいるんだ・・・?
「ケイジ。まさか、私達を置いて一人で戦うつもりだったのか?」
「坊やを一人にしたら、何をしでかすか分からないからね」
「ケイジ様一人だけ死地に残すなんて真似、絶対にしません!」
「そうッス! 最後までお供するッスよ!」
「ケイちゃんが頑張ってるのにサボるのは気が引けるし~」
「騎士様の従者として死が分かつその時まで、隣にいます」
「お兄さんが無茶をする時は、すぐに分かりますから」
「ま、メインディッシュを奪われるのは癪だしな」
クーナさん、イザベラ、メイシャ、ケイシー、アニー、メアリー、ルカ、マキナ。帰還せずに残っている8人。
「みんな・・・」
『ん。クララもいる』
そして地球に帰らずに残っている母艦に居るのか、クララからの通信も届く。
コマンダーを送り届けているミカエラと治療中のアンジェ以外、全員が残っているとは予想していなかった。みんなもこの悪魔オメガが守護者を倒せるだけの力を持つ存在だというのは分かっているはずなのに。
戦えば、確実に命を落とす事は目に見えているはずなのに、誰一人として逃げようとはしていなかった。
「ケイジ。お前を独りにはさせない」
いつも単独で飛び出しては死にかけるオレを憂うクーナさんが、もう独りにはしないと言う。
「それに、私はお前なしで生きていける自信がない。もし死んだら、追いかけてやるからな?」
みんなも同意なのか、頷いている。マキナ以外だけど。
「生きる時も、死ぬ時も一緒さ」
そしてイザベラが。2人の言葉に思わず涙が出そうになる。最期は誰にも看取られずに宇宙の藻屑になると思っていたのに、危険だと分かっていてもみんなが傍にいてくれる事がたまらなく嬉しい。
「ありがとう、みんな・・・」
みんなとなら、きっと勝てる――
思わず笑みを浮かべそうになってしまう。みんなが一緒にいてくれる。ただそれだけで、オレは強くなれる、そんな気がした。
「行こう。アイツを倒して家に帰るんだ!」
「「「了解ッ!」」」
今、世界の存亡が掛かった最後の戦いが幕を上げる。




