165.憤怒
転送により、視界が真っ白になったと思ったら、次の瞬間にはアールヴヘイムの地に立っていた。周りには草原が広がり、その奥には森がある。自然豊かで美しいはずのこの地が、今では無数のオメガの死骸と血で穢されていた。
「ホントに凄い量のオメガだな・・・」
これはまたクーナさんが復興に駆り出されそうだと思いつつ、どこで戦闘が行われているのか確認すると、ユグドラシルの麓で爆発音の様な音が聞こえた。どうやらクーナさんがユグドラシルの枝を使って何かを叩き潰したみたいだ。
彼女がいる限り、ユグドラシルがあるアールヴヘイムでの戦闘に負ける事はないはずなのに、劣勢になっているとうマザーの言葉を思い出す。嫌な予感がし、全速で戦闘が行われている麓に向かう。
そこにあったのはユグドラシルの枝で叩き潰された巨大なヘビのオメガ。既に片が付いたのかと思った瞬間、そのオメガがアンジェに向かって攻撃するのが見えた。何とか初撃を防ぐが、その陰にはもう一つの頭が待ち構えている。
「アンジェッ!」
急いで駆けつけるが、オレが辿り着くと同時に、宙に舞うアンジェの姿が視界に映った。
血液が沸騰したかの様に、全身に熱が宿る。そして目の奥が熱くなり、気付けば拳を強く握しめ過ぎたせいか、爪が刺さり手の平から血が流れ落ちるのを感じる。
爬虫類風情が――
「オレの女に何してんだッ!!」
今すぐにでもあのオメガをこの世から消し去りたいという怒りが湧き上がってくる。アンジェとヘビオメガの間に割り込み、アダマンタイトの剣を握り締め、限界まで刀身を伸ばす。そして力任せに、全力で横薙ぎに振り払う。
「オラァアアアアッ!」
気付けば刀身が今まで伸ばした事のないレベル、およそ100メートル程に伸びた刃が、8本あるヘビオメガの首を根元から断ち斬る。流石に全ての首を切断すれば死に絶えるだろう。
剣をしまい、倒れているアンジェの元に駆け寄って抱き上げる。虫の息、とまではいかないが、肋骨が折れているのか呼吸が苦しそうだ。
「アンジェ! 大丈夫・・・じゃなさそうだな」
「ケイ、ジどぉ・・・」
呼吸も苦しいというのに、オレの名前を呼ぶ。ほとんど掠れた声で、聞き取りづらかったけど、確かに呼んでくれた。
「ああ、ここにいるよ。よく頑張ったな、アンジェ」
彼女の頬に手を添えると、その上に彼女も手を重ねる。
「ぅしろ・・・」
・・・後ろ?
彼女の言う通り、後ろに視線を向けると、首を斬り落としたはずのヘビオメガがゆっくりと再生していた。首を斬り落としても死なない生命力。みんなが苦戦していた理由はコレか。
「ケイジ!」
「クーナさん」
「目が覚めたんだな!」
「はい。お待たせしました」
安堵した表情をする彼女に続き、アニー、ケイシー、メアリーも集まる。みんな疲弊しているのか、汗だくだし顔が泥だらけになっている。こんなになるまで戦ってくれたのだ。ここからはオレが引き受けよう。
アンジェをこんな風にしたあのヘビオメガを怒りに任せてバラバラにする姿を、みんなに見せたくない。
「みんなは帰還してアンジェをヒーリングポッドに入れてあげて」
メアリーにアンジェを託す。
「ケイジ、一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。あれとは、相性が良さそうですから」
あの太い首を斬り落とすのなら、騎士団の中でオレが一番適性があるだろう。首を斬り落とすのが正解か分からないけど、同じ再生の力を持つ者から言わせてもらえば、あれな完全に無敵という訳ではない。どうしても再生と同じ分だけエネルギーを消費するし、疲労が消える訳でもない。
つまり、再生しなくなるまで斬ればいいだけの話。長期戦になるかもしれないけど、ジャガーノートを使えば細切れにするのも難しくはない。
「・・・そうか、なら任せたぞ。私達は惑星マザーの手助けをしてくる」
「うへ~。まだ戦わないとダメなの~?」
余力がありそうなクーナさんとは違い、疲弊しているアニーがぶうたれる。確かにこの状態のまま救援に向かっても、かえって足手まといになってしまうかもしれない。
「アニー達は帰って休んでていいよ。頑張ってくれたからな」
不満そうな顔をしているアニーの額にキスすると、驚いた猫の様に目を見開く。そしてバツが悪そうな顔をしながか頬をポリポリと掻く仕草をする。
「・・・やっぱりもう少しだけ頑張ろうかなぁ」
「アニー、単純過ぎッス」
「ケイシ~? 何か言った~?」
「な、何でもないッス!」
そんなやり取りを微笑ましく見ていると、ふと袖を引っ張られる。一体誰が、とそちらに視線を向けると、メアリーに抱えられているアンジェだった。
「ぁたしも・・・」
どうやらアニーと同じものをご所望の様だ。一番頑張った彼女に唇に軽くキスすると、痛みを堪えながら笑顔を浮かべる。
「うへへ・・・」
「また後でな」
ヘビオメガに向き直り、ジャガーノートの準備をしていると、背後で転送装置を使う気配を感じる。どうやら全員転送した様だ。
誰の気配も感じられなくなった瞬間、怒りが込み上げてくる。オレのアンジェリカ。それを傷付けた報いを受けさせなければ。
「正直、お前があんな簡単にくたばらなくて嬉しいんだ。たった一度ぶった切ったぐらいで死なれたら、この怒りを向ける先がなくなるからな」
全身をアダマンタイトで包み、形を成す。あのオメガを蹂躙できる大きさに、強さになる為に。
「覚悟しろよ? 今日のオレは、今までの人生で一番ムカついてるからな」
これから起きるのは戦いではなく、虐殺になるだろう。怒りに身を任せ、考えもせずに力を振るうだけの、一方的な殺戮が幕を上げる。
「後何回その忌々しい首を斬り落とせば、お前は死ぬんだ?」




