164.復帰
真っ暗。何も存在しない空間に漂っている様な感覚。自分が何者かも分からず、無限に続く宇宙をさ迷っている。
――ここで何をしている?
――ここで何を待っている?
自身に問うが、応えは分からない。どれだけの時間そうしていたか見当もつかないが、ふと何かが聞こえた気がした。
『――――よ』
良く聞こえない。
『―――めよ』
誰だ?
『目覚めよ』
何故? このまま消えてなくなりたい。そうすればきっと楽になれる。目覚めたら、苦痛が待っている。
『暁の子よ。君の大事な人が助けを求めている』
――大事な人・・・?
オレの大事な人。それはたくさんいる。
いつもからかって振り回してくるけど、二人っきりだとべたあまなミカエラ。
戦いでは頼りになるけど、寝起きだけふにゃふにゃのクーナさん。
年上でガサツだけど、甘えん坊のイザベラ。
しっかりしている様で、実はおっちょこちょいなメイシャ。
大人しいけど、本当はお喋りなクララ。
遠慮がちだけど、兄と慕ってくれるルカ。
普段頼りないけど、意外と芯が強いアンジェ。
四六時中眠たげでやる気が全くないけど、真面目なアニー。
いつも楽しそうだけど、本当は豆腐メンタルのケイシー。
無表情だけど、オレを崇拝しているメアリー。
オレを愛してくれる人がこんなにもいるんだ。だというのに、呑気に寝ている場合じゃない。
『目覚めよ。そして全てを救うんだ。君が望む未来を手にする為にも』
――ユグドラシル・・・。いつか、お前の企みを利かせてもらうからな
「・・・う」
瞳を開けると、冷たい液体が眼球を包み込む。どうやらヒーリングポッドの中にいる様だ。ヒーリングポッドに世話になった回数が多いのは間違いなくオレだろう。
内側から開ける事が出来ないこの欠陥品を破壊してでも外に出ようとしたところで、誰かが部屋に入ってくる気配を感じ、視線を向けると、あの人がいた。
――いや、人ではないか。
会った事も話した事もないが、それが誰なのかはすぐに悟った。
「マザー・・・」
呼吸器の中でその名を呼ぶ。守護者みたいにオリハルコンで出来た体、オートマタが好む一つ目。それだけでマザーだと分かる。
『お目覚めですか。漆葉啓司』
久々に日本語のイントネーションで名前を呼ばれた、と感心していたらマザーがヒーリングポッドから出してくれた。呼吸器を外し、全裸だった為近くにあるオレの装備を身に纏う。
『寝坊ですよ』
「どれくらい寝てたんだ、オレ?」
『30時間程です』
意外と短い。数日は目を覚まさない程の重傷だったと記憶しているが、どうやら想定よりも早く再生した様だ。オレの再生の力が成長したのかもしれない。ユグドラシルの加護のおかげだと思うけど。
体に異常がないか調べるも、特に違和感はない。これなら今すぐに戦える。
「戦況は?」
『・・・何故今オメガが襲撃があると思ったのですか?』
「ユグドラシルが教えてくれた。それとオレの天使達がいないし、マザーが来るって事はコマンダーも前線に出ているんだろ? ダモクレスを使ったんだ。大規模な襲撃があるのは予想がつく」
『聡いですね。オメガ因子を結合させた結果、貴方自身がオメガと同じ思考をしているからなのでしょうか?』
「そんな下らない事、今気にしている場合か?」
『その通りですね。質問にお答えすると、戦況は厳しいと言えるでしょう。今までとは比にならない数のオメガが攻めてきているのですから』
やはり、オレの嫌な予感が的中してしまった。ダモクレスの剣を使った直後に総力戦を仕掛けるというオメガの作戦。間違いであって欲しかったが、現実は無情だった。
「すぐに出撃する」
『今現在、アールヴヘイムと我が星が同時に襲撃を受けています。個人的には今すぐ我が星に赴いてほしいところではありますが、アールヴヘイム側が劣勢です』
「ならまずはアールヴヘイムだ」
『分かりました』
素直なマザー。コマンダーもこれぐらい素直なら可愛げがあるのにと思いつつ、オレはマザーと共に転送室に向かう。みんなを助けに行かないと。
ジャガーノートを使えるだけのアダマンタイトは没収されておらず、すぐにでも全力で戦える万全の状態で転送装置に身を委ねると、マザーが装置のガラスに手を当てる。
『きっと、辛い戦いになるでしょう。それでもきっと、貴方は止まらない』
「当たり前だ。オレの大切な人達が傷付くのを黙って見ていられる訳がない。例えここから先が地獄であろうと、オレは行くさ」
そう。彼女達が戦っているんだ。オレが行かなくてどうする。戦うしか能のないオレが、呑気に寝て待つ等許される筈がない。どんなに辛くて過酷な戦場であろうと、彼女達の為なら怖くなんかない。
『・・・私達にも貴方の様な勇気があれば、オメガとの戦いは早期に決着がついていたかもしれません』
「たらればの話をするぐらいなら、今から変わればいいだけだ」
マザーが何の事を言っているのか分からないけど、後悔するぐらいなら今すぐに行動に移せばいい。ウジウジしていたって、後悔の念が大きくなるだけなのだから。とりあえず行動してから考えればいい。オレはバカだから、考えたところで何も思いつかないけど。
『ふふっ。アルファが貴方を気に入った理由が分かった気がします』
「アルファ?」
アルファって誰だ? ・・・もしかしてコマンダーか?
『さ、お喋りはここまでにしましょう。健闘を祈ります、漆葉啓司』
「・・・吉報を持って帰れる様に頑張るよ」
『楽しみにしていますね』
顔が無いから表情もないが、先程から笑ったりしているのを見るに、多分顔があれば今頃笑顔を向けている事だろう。母親の様に。
不意に家族の事を思い出してしまい、自然と次の言葉を口から出てきた。
「・・・行ってきます」
『行ってらっしゃい』
懐かしい感じがした。大切な人。その中にはオレの家族もいる。いつか、絶対に帰るんだ。その為にも今は――
戦い抜いて、勝って、そして生き残るんだ――




