163.ヤマタノオロチ
四つ首の大蛇オメガ。その全ての首の切断に成功した私達だったが、絶命したと思われていたその存在が動いた事で瞬時に緊張感が走った。
切断されて地面に転がっている頭部はそのままそこにある。ただ、首を切断された胴体側の傷口が泡立つ様に盛り上がると、ゆっくりと新たな首が生えてくる。それも1つの傷口から2つの首が新たに生えたのだ。
合計で8本の首になった大蛇。四つ首から奴つ首へと進化を遂げたその姿は、日本神話に存在する『八岐大蛇』を彷彿とさせる。そして新しくなった頭部は角の様なものがあり、より一層禍々しい存在へと昇華していた。
グァルルルルルッ――
ヒシャアアアアアッ――
フシュルルルルル――
ギャオオオオォォッ――
8つの頭部がそれぞれ威嚇をする。もはやコチラに戦う気力も少なければ、残っている武器も多くない中、敵の戦力、もとい頭部が倍になっての再登場。
絶望的な状況で、希望を見出す事なんて果たして出来るのだろうか――
「アンジェッ!」
クーナ殿の声で我に返り、すぐに態勢を立て直す事に専念する。
「各自散開ッ! さっきと同じ作戦でいくであります! 上空からの支援も引き続き継続!」
同じ作戦での対処を選択。だが、おそらく上手くいかないだろう。みんなで気を反らしながらメアリーとクーナ殿に首を斬ってもらうにしても、目が多い為死角が存在しないはず。そんな中悠々と首を斬らせてくれるはずがない。
それに攻撃の手数も単純に倍になっているはず。こちらから攻めるのは容易ではない。例えそうだとしても戦わなければならない。退く事も、たった一度の敗北すらも私達には許されないのだから。
勝つ目処もなければ、援軍も期待できない状況でも、私達は勝たなければならない。
本音を言えば、剣を持ったメイシャ殿やルカ殿、生意気な機械兵のマキナがこちらにいれば良かったが、そうも言っていられない。
ヘビ型オメガは1本の首に巻き付いていた木の根を無理矢理引きちぎり、首を切断したメアリーとクーナ殿に猛攻を仕掛ける。4つの首でそれぞれの標的を仕留めようと接近する。
クーナ殿は難なく捌きつつ眼球を斬ろうと反撃を試みるも、手数が多いせいで後退を余儀なくされる。一方でメアリーが防戦一方となり苦戦していた。余裕がないメアリーを優先して助けようと、私はアニーとケイシーを連れてメアリーのカバーに回る。
3人でメアリーを攻撃しようとする頭部に一斉射撃するも、1本の首を盾にしながら他の首が迫ってくる。首が増えたせいでそんな芸当をしてくるなんて誰も思うまい。
「メアリーッ! 一度退くッス!」
意表を突かれ、状況が悪いと判断して一度体勢を立て直そうとするも、ヘビ型オメガの猛攻がそれを許さない。クーナ殿を簡単に倒す事が出来ないと理解したのか、8本の首全てがメアリーに差し向けられた。
「ちょっとマズいんじゃないのぉ、コレ・・・?」
私達に向けられる8つの口内。最初に使われた酸性の毒ガスをまき散らすつもりなのだろう。
「全員退避ぃッ!!」
後退しながら頭の中には、後手に回って何も出来ていないこの状況に苛立ちを感じていた。迫りくる紫色の毒ガスの範囲から全力疾走で逃れると、その隙に輸送船内にいた一般兵が再度パルスグレネードを投下しているのが見えた。持っているパルスグレネードは2個だけ。つまりコレが最後になるだろう。
一度目で2個投げた人もいるのか、今回は先程に比べて少ない気がするが、ガスを吐いて隙だらけの今なら当たる。
そう思ったが、やはり死角は存在しない様だ。ヘビ型オメガはパルスグレネードから逃れる為に毒ガスの中に身を潜めてしまった。その背後でバシュッと起爆音が聞こえるが、効果はない。そしてガスの軌跡を辿って私達に接近している事だろう。紫色の濃いガスが滞留し、ヘビ型オメガの体を完全に見えない。
ガスから十分に距離を取っているとはいえ、いつ奇襲されてもおかしくはない状況。
『上空からオメガの姿は確認出来ないか?』
冷静なクーナ殿が通信を繋ぐ。テンパってしまったせいで、上空にいる部隊に確認してもらうという発想が出てこなかった。自分の愚かさに恥ずかしくなるも、良い返事はなかった。
『こちらからも目視出来ません! 一度発砲してみます!』
安全地帯にいるおかげか、一般兵も冷静な判断を下せるぐらいには落ち着いていた。今度はパルスグレネードではなく、ガスに向かって一斉射撃を始めると、「ギャウッ」とヘビ型オメガの小さな悲鳴が聞こえた。
実は地中に潜ったという路線も考えられたが、どうやらそうではなかった様だ。ガスの中から抜け出し、最初に見付けた標的に目標を絞り、突進する。
「わ、私~?」
狙われたのはアニーだった。彼女が逃げようとするよりも、ヘビ型オメガの方が一瞬速い。後退しようとするアニーを丸呑みにしようと、1本の首が彼女に迫る。
「アニーッ!」
間に合わない――
瞬時にそう悟る。ここで射撃してもあのオメガは止まらないだろう。そのまま彼女が飲み込まれてしまうのを見届ける羽目になると、覚悟を強いられる。
「私を忘れていないか?」
だが、こちらには一人だけ真正面から対抗できる存在がいる。彼女の声と共に、ヘビ型オメガの周りが太陽が沈んだかの様に暗くなる。上を見てみると、視界を覆い尽くす程の巨大なユグドラシルの枝が伸びて、ヘビ型オメガを叩き潰そうとしていた。
「た、退避ぃ!」
だが、その一撃は付近にいる私達も巻き込み兼ねない威力がある事はすぐに分かった。慌ててその場から離れ、ユグドラシルの枝を見ると、クーナ殿の姿は枝の上にあった。
いつの間にあんな所にと思った瞬間、巨大な枝がヘビ型オメガごと地面を裂く一撃を放つ。
ドゴォオオオオオオォォォンッ――
ミサイルでも爆発したかの様な爆音が轟き、土煙が舞う。さすがにこの一撃をまともに喰らえばただでは済まないだろう。
煙が晴れると、横たわって倒れているヘビ型オメガの姿があった。身体を覆っていた鱗はほとんどが割れ、全身がボロボロになっている。そして枝が直撃したであろう2本の首と胴体は車に引かれたヘビの様にペチャンコに潰れていた。
形勢逆転――誰もがそう思った瞬間、ヘビ型オメガはすぐに起き上がり、私に向かって今までとは比較にならない速度で突進してきた。その場にいた誰も予想できなかった行動。もちろん私自身も。
眼前まで迫る牙に驚きつつも何とか避けるが、その後ろにあったもう一つの頭への対処が遅れてしまった。牙だけは何としてでも躱さなければと、注視するが、一向に口を開く気配を見せない。そのままヘビ型オメガの頭部が私の全身を強く弾き飛ばした。
噛み付くのではなく、はじめから頭突きをするつもりだったと気が付いたのは宙を舞ってからだった。そのまま吹き飛ばされ、何秒宙を飛んでいたかも分からないまま地面に激突し、何度も何度も転がる羽目になった。
「うぐっ! 痛・・・っ」
遅れて全身に激痛が襲い掛かってくる。あまりの痛さに体が言う事を聞かない。骨が折れているのかすら分からない程の痛さ。
――痛い、痛い痛い痛い! こんな痛み今まで経験した事ない・・・助けて・・・。
「ケイ、ぉ・・・」
最愛の彼の名前を口にしようとするも、声が出ない。そんな時、ふと彼との思い出が脳裏を過った。何度もからかわれたが、彼と一緒にいるのは楽しかった。たくさん可愛がってもらったのも嬉しかった。私に幸せを教えてくれた人。
彼と結ばれてからそう日は経っていないが、本当に幸せだった――
霞んできた視界。こちらに駆け寄ってくるみんなが見える。何かを叫んでいるが、よく聞こえない。
最期に、もう一度会いたかったなぁ・・・――
重たくなった瞼が閉じかけたその時、彼の声が聞こえた気がした。
「オレの女に何してんだッ!!」




