157.初心
私がヘビ型オメガの目を潰した瞬間に生まれた僅かな隙。それを見逃さなかったクーナ殿による一閃。ユグドラシルの枝で出来た剣が、ヘビ型オメガの太い首を両断したのだ。
あまりにも一瞬の出来事で、その場にいた誰もが一瞬動きが止まってしまった。
ギャオオオオォォォッ――
轟く悲鳴で我に返り、咄嗟にその場から退く。
「流石クーナ殿であります!」
誰もが隙とすら思っていなかった。だというのに他の首の死角を搔い潜り、彼女は見事に成し遂げたのだ。賞賛に値する戦果を挙げたが、彼女は油断する事なく他の首からの報復を避けていた。
「油断するな。まだ3本残っているんだ」
両断された首は、再生せずに綺麗な断面を晒していた。それがまた気持ち悪いが、残りの3本の首がクーナ殿を喰らおうと躍起になって襲い掛かっているが、全て躱している。難なく首の射程から逃れ、体勢を立て直している。よく通信しながらそんな芸当が出来るものだと感心してしまう。
クーナ殿にやり返せなかった3つの頭がそれぞれを責める様に睨み付けているのを見るに、どうやら頭はそれぞれが独立した考えを持っているみたいだ。だとしても、他の首に噛み付く様な間の抜けた事はしないだろうが。
だが攻撃の手数が減ったからには、先程よりも戦況は好転したと言える。このまま油断せずに倒し切りたいところだ。
ヘビ型オメガとの睨み合いが続いたその時、上空からいくつもの球体が降り注ぐのが見えた。それが何か視線を向けると、パルスグレネードだった。オメガとの戦闘が始まった初期の頃からある武装の一つ。
それが上空を飛んでいた輸送船からいくつも投擲されたのだ。
「一体誰が――」
――3分前。
輸送船に搭乗し、上空を飛行しながらハッチを開けて船内から援護射撃をしようとしていた一般兵だったが、あのオメガに対して射撃があまり有効ではない事はバルキリー部隊が証明していた、その為、射撃せずに上空から様子を伺っていた。誤射してしまう可能性もあった為、無闇に発砲するのは愚行だと考えたのだろう。
ただ、今回に限ってはそれが正解だった。そのおかげでクーナが射線を気にせずにヘビ型オメガに接近出来たのだから。
だとしてもこのまま眺めているだけでは意味がないと、自分達に何か出来ないか装備を確認すると、オメガに対してあまり効果が見られない役立たずのパルスグレネードがある事を思い出した。戦闘スーツを着ている限り、パルスグレネードによる誤爆は無い。それを思い出した一般兵の一人が言葉を発する。
「とりあえずこれでも投げようぜ」
他に出来る事もないし、と反対する意見は出なかった。効果が無かったら無かったで、他の手段を探せばいい。やれるだけの事をやってみようという考えに賛同した兵士達が、全員で投擲を始めた。
それが今地上に降り注ぎ、ヘビ型オメガを襲い掛かったのだ。
バシュッ、と爆発音とは思えない青い雷光を孕んだ爆発に、ヘビ型オメガが包まれる――
目の前が空から降り注いできた数百個のパルスグレネードの爆発で青く染まった事に驚き、咄嗟に目を閉じてしまう。音が止んだ後に目を開くと、パルスグレネードの影響で辺り一帯の草が軽く焦げ、枯れてしまっていた。
そしてその爆心地にいたヘビ型オメガはというと、体が痺れたのか、プルプルと痙攣しながら全く動く事が出来ずにいた。初めて生まれた大きな隙。この困難を突破するにはこれを利用するしかない。
「アールヴは調和魔法で拘束を!」
私が言い終わるよりも早く、アールヴが調和魔法を使い、木の根をヘビ型オメガの首に巻き付け、身動きが出来ない様に固定する。
「メアリー! クーナ殿!」
そして二人も一瞬早く動いていた。メアリーは首に巻き付いた木の根に乗り、舞う様に回りつつ、3度の斬撃で首を切断する。同時に、クーナ殿が目にも止まらぬ速さで首の脇を通り過ぎ、ターンして戻ってくる。遅れて、ヘビ型オメガの首が落下。
――剣閃があまりにも速くて見えなかったであります・・・。
残った最後の1本の首に、メアリーとクーナ殿が同時に飛び掛かる。
「せいっ!」
「はぁあああッ!」
2人の斬撃が交差し、見事に最後の首を両断した。
四つ首の大蛇。その全ての首を斬り落とし、この戦いは終止符を打った。
「やった・・・。勝った、勝ったでありますっ!」
「「「うおおおおぉぉぉっ!!」」」
勝鬨が上がる。あれだけ苦戦を強いられた新型オメガに勝利した喜び。
精霊魔法も効かず、銃による射撃も効かなかった敵が、まさかパルスグレネードに弱かったなんて誰が思おうか。もはや騎士団では誰も使っていない武装が、ここに来て役に立つなんて誰も想像出来なかっただろう。
上空を飛んでいる輸送船からも勝鬨の声が聞こえる。この勝利はみんなで掴み取ったものだ。もし彼らがパルスグレネードを使うという発想に至っていなければ、戦いはもっと長引き、怪我人や死人が出てもおかしくはなかった。
「良かった・・・。本当に良かったであります・・・」
思わず涙が溢れてくる。彼におんぶにだっこだった私達が、新型オメガを討伐したという功績。紛れもなくそれは、私達が成長したという証でもあった。
「アンジー! 勝ったッスよ! 勝ったんッスよウチら!」
ケイシーも喜びを露わにしながら抱き着いてくる。誰も失わずに勝利したこの戦いは、完勝と言えるだろう。そして私達ヴァルキリー部隊からも怪我人はいない。
この戦果に喜ばずにいられないのはみんな同じだろう。クーナ殿も剣を腰に納め、笑みを浮かべていた。彼女も勝利の余韻に浸っているのだろう。
「状況終了。疲労困憊。入浴希望・・・」
「よね~。私もお風呂入りたぁい・・・」
安堵したせいで緊張が解け、体から力が抜けたのか、メアリーとアニーがその場に倒れる。
「お風呂で寝ない様に気を付けるでありますよ」
このまま入浴してしまえば、寝落ちして溺れてしまう自信がある。惑星マザーに行ったメンバーの状況も気になるが、今の状態で救援に向かっても足手まといになってしまうだけだろう。それに向こうのメンバーはみんな強いから大丈夫のはずだ。
戦う気力もなく、このままアールヴヘイムで一泊しようかと考えてしまった瞬間、視界の端で何かが動いた気がした。
「ん?」
そちらに視線を向けると、首を失ったはずのヘビ型オメガの胴体がピクリと動く。勘違いかと願いたかったが、現実は無常だった。
首を切断した断面、そこの肉がウネウネと動き、ゆっくりと再生していたのだ。
――どうやら、私の死に場所は本当にココになってしまうようであります・・・。




