153.アンナ・マリア・アンジェロ
アンナ・マリア・アンジェロ。通称『アニー』。イタリアで生まれたとある司教の娘の一人。要は神を崇め、人々に奉仕するマゾヒズムの集団の家に生まれたのが私。
両親からは主に感謝しながら日々努力して人に尽くしなさいと教えられていたが、残念な事に私は幼少期から怠惰だった。祈りをサボっては叱られ、叱られている最中にうたた寝する様な人間だった。
勉強は嫌い。教会でのお祈りも嫌い。『教え』なんてもっと嫌い。金曜日はお肉を食べられないなんて馬鹿みたい。それら全てが退屈で、私は嫌いだった。
運動するのは勉強よりは好き。料理は、まあ普通。美味しいものは好き。裁縫は嫌い。チマチマしたのは投げ出したくなる。掃除も嫌い。誰かがやってくれるのを待つ。洗濯は普通。ボタン押すだけだし。干すのと取り込むのと畳むのはエヌジー。私の仕事量をオーバーしている。聖書より小説の方が好き。
そんな私にとって、今の生活は刺激がない。けど別に刺激を求めている訳でもない。こことは違う場所に行きたいと思う一方で、どこにも行きたくないと面倒くさくなってしまう。
矛盾しているが、もし行けるなら、主に感謝なんてしなくてもいい場所。尽くすよりも尽くしてくれる、私養ってくれる人がいるところ。ずっと寝てても怒らない人なら尚良し。寒さとは無縁の暖かい場所ならもっと最高。
そんなある日、形だけの祈りをしながらそんなぐうたらを夢見ていた私が、何故か適合者に選ばれてしまった。
正直、自分自身でも自分みたいな『ぐうたら教 食っちゃ寝司教 怠惰担当』とも言える様な、一番選んではいけない人間を選ぶのはどうかと思う。
軍での訓練は大っ嫌いだった。朝から晩まで走らされては重い物を持たされ、耳が痛くなる銃声を聞かなくてはならないから。
でも、同期の3人が私の面倒を見てくれる生活は良かった。まあ、遅刻したら連帯責任になってしまうという理由が付き纏ってくるせいだけど。
そんな生活が続いていると、ふとオメガ因子の結合手術の話を持ち掛けられた。正直、どっちでも良かったけど、アンジー達が受けるというので私も受けた。ただそれだけ。
そのおかげで訓練が緩くなって、大部屋から4人部屋を与えられて、サボれる様になったのは最高だった。騎士団最高。
私のユートピアはここにあったのだ――と思っていたのも束の間、幾度となく問題が発生した。騎士団のリーダーである団長ちゃん。今ではケイちゃんって呼んでるけど、彼が無理な戦いをして大怪我をする事が幾度となくあった。
その度に、心苦しくなってしまう。彼は騎士団、軍、そして人類全体に対して奉仕している。尽くしている。教会での祈りやボランティア、言葉だけではなく身を以て善行を積む彼は眩しかった。
もちろん、彼が信仰心を持って善行を積み、人々に尽くしている訳ではないのを知っていた。ただ、敵を倒し、大切な人を守りたいというその思いを抱いて戦っているだけ。
主に感謝しろだの、主はいつも見守っているだの、善行はいつか自分に返ってくるだの、曖昧で、漠然としていて、抽象的な教えよりも、彼の方がよっぽど立派に見えた。
そして私がサボったり怠けたりした報いが、彼に降り注ぐ。不幸とかそんなものではなく、怪我という目に見える形で。
それでも彼は決して怒らない。ただ、笑ってみんな無事で良かったと言うだけ。そのみんなに自分自身は含まれていないのは言うまでもない。
献身的で、利他的で、そんな自己犠牲の精神のせいで怒られる彼。
そうなれと怒られて育った私とは逆だ。
ただ、これこそが本当の『尽くす』という意味なのだろう。
――私もその対象になるだろうか? そしていつか養って欲しい。
人はそう簡単に変わらない。怠惰な私は特に。
養って甘やかしてくれるのは嬉しいけど、私のせいで辛い思いをしたり、痛い目に遭ったりするのは耐えがたい。対価を支払いもせずに、というのがポイントだ。
だから、彼に抱かれるのはその対価を支払っているだけ。私を甘やかしてくれる事に対する。
と思っていたのに、気付けばご褒美になっていた。ケイちゃんなんて呼び方までして、彼に媚を売っている。頑張らない人生を歩むと決めていたはずなのに、解せぬ。けど悪い気分じゃない。ご褒美をもらって、養ってももらえる。最高だ。
友達に家事を押し付け、彼に愛でられる今の環境は、絶対に死守しなければならない。私のユートピアを守る為なら、今この瞬間ぐらいは我慢しなければ。
――その為なら、私は人生で1回しか出さないと決めている全力を、今ここで出す。
「・・・こんな時ぐらい本気出さないと、ね」
私の人生が掛かっているのだ。彼を失えば、彼の期待に応えられなければ、きっと私の堕落した人生計画がとん挫してしまう。そんな事、絶対にあってはならない。
ここが分岐点なのだ。だからこそ、私は――私の自堕落な人生の為に戦う。
銃を強く握り、今まであまり戦った事のない戦車型オメガのベヒーモスの背中に飛び乗る。そして首の根から、直接脳に向かって弾を撃ちこむ。絶命したベヒーモスの上を駆け、他の個体に飛び乗り、同じ様に仕留めていく。
アンジーも次々と仕留めていくが、その姿はいつもとは違う。危機的な状況で頭がおかしくなったのか、笑いながら銃を撃っていたのだ。
「ふへっ――アハハ――ウヒッ――」
――だ、大丈夫かな~? 変なクスリでも使ってないといいけど~・・・。




