152.メアリー・テューダー
メアリー・テューダー。フランスの由緒正しき血筋の一族。貴族の一人として生まれ、それに相応しい立ち居振舞いを、と教育を受けながら私は育った。
貴族の様な所作、仕草、話し方、考え方、テーブルマナー、ピアノ、ヴァイオリン、窮屈なドレス、興味もない芸術品、退屈な人生。自分を偽り、自分感情を殺し、親に従うだけの操り人形の様に自我を持たない事で自身を守って生きてきた。
18歳になり、会った事もない婚約者との面会する日。突如救いの手が差し伸べられた。『適合者』として選ばれたのだ。今のこの生活を抜け出せるチャンス。私はそれに藁にも縋る思いで飛びついた。もし家に残っていたら、政略結婚させられて望まない相手と生涯を共に過ごす事になっていただろう。
軍に入隊して、辛い訓練が続いた。けど、それは肉体的な辛さであって、精神的な辛さは以前に比べたら皆無の軍生活。そしてそこで出会った同期。初めて出来た友達。アンジー、アニー、ケイシー。
同世代の女の子がこんなにも感情豊かで、自由に振舞い、楽しそうに話しているのを見て、初めて『普通』というものを知った。軍での生活にも慣れ、『外出申請』をして4人で出かけた事があるが、心の底から楽しいと思えたのもそれが初めてだった。
生まれて初めての事をたくさん経験した。初めて自分が人間であると感じられた日々。そして巡り合えた白馬の王子ではなく、戦場で剣を振るう騎士様。
初めての戦地、ベルリンで見たその姿に、私は心を奪われた。単騎で敵を蹂躙する背中は、とても大きく見えた。もし、私もあれだけ強く、自信に溢れ、堂々としていられたら、もっと早く家族と決別して人としての道を歩んでいただろう。
私も貴方の様になれたら――憧れるその心は、どこまでも続く。だが、夢見る私の物語は幻想から現実に引き戻されてしまう事となった。
騎士様の死。ベルリンの次の作戦から姿を見せなくなってしまった事に、憧れの人ですら運命には抗えないと知ってしまう。もし終戦しても、私はまたあの家に戻って、人形になってしまう。
――そう、夢から覚めてしまった。
私の人生は結局変わらないのだと諦めたが、死の淵から舞い戻った騎士様が、再び私を夢の中へと導いてくれた。『貴方の様になりたい』、そんな思いは次第に、『貴方のそばにいたい』になる。
憧れは恋心へと変わっていく――
初めての恋。彼を愛したい、彼に愛されたい。例え一番でなくてもいい。この恋を諦めてしまえば、この想いを捨ててしまえば、私はもう、変わる事は出来ないだろう。
鏡を見た時、私は自分が女である事を知った。感情を殺して人形の様に生きていた私にもこんな顔が出来るとは思ってもみなかったからだ。同時に、それを私は見た事があった。そう、初めての友達が彼に視線を向ける時と同じ顔。
――ああ、そうか。彼に恋をしているのは私だけではないのだ。
友を選ぶか、恋を選ぶか。どちらを選ぶべきなのか分からない。心が苦しい。けど、それは私は人である証拠だ。苦しいけど心地いい。そんな矛盾の中、再び訪れたチャンス。
彼の想い人である天使様から与えられた提案に、私は躊躇する事なく飛びついた。きっと、これはみんなが幸せになれる唯一の選択肢だと思ったから。実際、そうなった。
淫らかもしれないけど、正直そんな下らない事はどうでも良かった。私は私の道を往く。もう、誰にも私の生き方を邪魔させない。例え家族でも。
初めて見た男性の、彼の体はダビデ像の様に美しかった。芸術品には興味がなかったが、彼は芸術そのものだった。友と一緒にそれを貪り、穢すのは気が引けたが、とても幸せだった。
この幸せの為なら、私はこんな死地も切り抜けてみせよう。その為の準備ならしてきた。右手にあるアダマンタイト製のレイピア。そして彼に習った剣での立ち回り方。
私の腕力では振るっても大した攻撃にならないが、アダマンタイトの切れ味があれば問題ない。とはいえ、それだけでは攻撃力が足りない。それを補う為に、剣で戦いながら銃で仕留めるインファイトの戦闘スタイルを考案した。いずれ彼の横で戦いたいと、私が生み出した戦い方。
その剣舞、とくとご覧あれ。レイピアを軽く振るい、顔の前で掲げる。
「メアリー・テューダー。いざ参る」
目には見えないが、そこに存在しているバエルの群れに向かって、私は駆ける。バイザーに備わっているソナーを使い不可視の敵を捕捉、銃で牽制する。
頭部と腹部。バエルを倒すにはその2か所のどちらかを破壊する必要があるのは周知の事実。ただ、頭部は3メートルと高い位置にあり、腹部は大きく、銃では致命傷を与えるのは難しい。
ではどうするのかと言うと、レイピアで両断する。細い刀身が特徴の剣。刺突に特化したそれだが、アダマンタイト製ともなれば話が違う。バエル特有の鎌を切断しながら、その胴体をも一刀両断するだけの威力を誇る。
絶命したバエルは、透明ではなくなり、醜悪な見た目を晒す。本人から聞いたが、かつて騎士様の心臓を貫いたその存在が生きている事は許される事ではない。決してだ。
「絶対絶滅。存在する事すら許されない」
囲まれない様に銃で牽制し、確実に正面にいる1体を仕留めては距離を取る。余裕を持った状態を保ち、時折リロードして銃に弾丸を装填。再び接近戦を仕掛けて的確に仕留め、射撃して牽制、距離を取る。
――撃つ、斬る、撃つ、下がる、撃つ、斬る、斬る、下がる、斬る、斬る、斬る、斬る。
繰り返すだけの作業。それをただ淡々と熟す。心を殺すのが得意な私でも、目の前の存在の憎しみが沸々と沸き上がってくる。気付けば銃を投げ捨て、剣だけで戦っていた。
30分後。周囲にいたバエルが消え、私は疑問を抱く。逃げてしまったのだろうかと。否、死骸の山となったのだ。
『こちらケイシーッス! 群れを処理したからそっちに向かうッス!』
後方で戦闘を繰り広げていたケイシーもちょうど片が付いた様だ。通信から彼女の声が聞こえて安堵する。
「ケイシー。なるはやで来て」
今すぐにでもアニーとアンジーの救援に向かわなければ。そう思ってその発言をした訳ではない。いや、少なからずその意もあるが、本当はもっとオメガを斬りたいが為、いち早く次の戦場に向かいたかっただけなのは秘密。
剣でオメガを斬るのが、こんなにも気持ち良いなんて思ってもみなかった。
「はぁ・・・。これが貴方様の感じる世界なのですね・・・騎士様・・・」




