148.アンジェリカ・テイラー
アールヴヘイム防衛線。その指揮を任された私は、前線に向かっている最中に先程まで感じていなかった緊張で体が固まっていた。
「うぅ・・・。さっきは大口を叩いてしまったであります・・・」
大役を任され、調子に乗って大口を叩いてしまった事を後悔する。そもそも私は人前に立つのが苦手な人間だった。俗に言うあがり症といものだ。
人前に立つという緊張感、そして失敗しないかという恐怖心で頭が真っ白になって体が固まってしまう。適合者として選ばれ、初めて戦地に赴いたベルリンでは、頭が真っ白のまま、何も考えないで銃を撃っていた。少しでも何かを考えれば動けなくなってしまうから。
ケイジ殿と出会ったのもその時。逃げたアンラ・マンユを追い掛けていったケイジ殿から民間人を保護したという連絡が入り、当時の隊長と捜索した時も、私がもたついてしまったせいで到着が遅れてしまった。
――そう、あの時、私がもっと早く動けていれば、ケイジ殿は怪我する事もなければ、死んでしまう事もなかったのだ。
私の罪。誰にも打ち明けられず、秘密にしたままケイジ殿に何食わぬ顔で接したのをずっと後悔している。きっと、彼に打ち明けても、笑って許してくれるだろう。それがもっと、私という醜い存在を苦しませる。
そのクセ、子供を命懸けで守るその姿に惚れてしまうなんてバカな女と言われても仕方がない。いつか罪滅ぼしが出来ればと考えていたのに、気付けば彼に体を許していた。初めての夜、行為の後には後悔の念に押し潰されそうだったのは忘れられない。
それでも何とかしようとして、役に立ちたくて、でも私に出来る事はあまりにも少なくて・・・。トウテツの因子しか適性のない私では戦闘では役に立てず、ひたすら走り回って民間人の救出をしているだけ。もちろん、それも大切な仕事だ。
だが、あの水を操るオメガでケイジ殿が庇った親子。それを見落としたのは私だ。そのせいでまた大怪我をさせてしまった。
一体何度同じミスをすれば気が済むんだ――と自分で自分を殺して穴に埋めたくなる。
無能な私のせいで大切な人が傷つく姿を見るのは、胸が張り裂けそうになる。こんな女が彼の横にいる資格なんて、最初から無かった。そう思った日は少なくない。
でも、それでも彼のそばにいたかった。それでも彼の役に立ちたかった。全てを諦めて逃げるという選択肢も考えた。私なんかがそばにいるべきではないと感じたから。けど逃げる勇気すらなかった。彼の優しさに甘えて、縋り付いて、依存して・・・。
けど、それももうお終いだ。償わなければ。相応しい相手にならなければ。頼ってばかりいられない。頼られる様に頑張らなければ。
彼がいない今、彼が守ろうとするものを全力で守り抜く。それが私に出来る贖罪だから。
――いつか、彼に抱かれても、後悔しない自分になる為の一歩を、今ここで踏み出すのだ。
「不肖アンジェリカ・テイラー。愛する者の為に、最期まで戦い抜くであります」
自分を誇示し、戒め、覚悟を決める為に呟く。
「アンジーは一人じゃないッスよ!」
誰にも聞こえない様に呟いたはずなのに、ケイシーに肩を叩かれる。
「そうよ~。頼りないアンジーを一人にさせたら、すぐに死んじゃいそうだし~」
「ひ、ひどいであります!」
と、アニーが言う。否定できないのがまた辛い。
「死ぬのは許されない。何故なら、私達の身も心も騎士様のものだから」
メアリーの言う通りだ。死んでしまえば、彼に会えなくなってしまう。それに彼が悲しんでしまう。それだけは絶対に許されない。これ以上、彼の重荷になりたくないから。
「・・・みんなで協力して、絶対に絶対に絶対に! 生き抜くであります!」
「うッス!」
「りょうか~い」
「承知」
覚悟を決め、私達は兵士を連れて前線で戦っているアールヴの元へ向かう。
戦乙女。ヴァルキリー。ワルキューレ。自身の部隊名に名付けられたそれを調べたのは、割と最近だった。
その中で最も有名な存在は『ブリュンヒルデ』。英雄ジークフリートと恋に落ちるという話がある。私はブリュンヒルデでもなければ、ケイジ殿もジークフリートではない。だが、同じ様に結ばれた。狙ってそう名付けたのではないと分かってはいるが、運命を感じずにはいられなかった。
あと、この話でいうと英雄を集めているオーディン役はコマンダーで、最終決戦はオメガとの戦いを意味しているのかとも考えたが、それは少し無理があると自分の妄想を自分で笑ってしまった。
とにかく、そんな偉大な名を付けてもらったからには、名前負けしない様に戦果を挙げなければ。彼の顔に泥を塗らない為に。
前線では、全員が美人のアールヴが自然を操る調和魔法で、10メートルの高さがある木の防壁を築き、その上から防壁をよじ登ろうとしている斥候型オメガのトウテツとバステトをひたすら討ち取っていた。
だが、空を飛んで毒の鱗粉をまき散らすバジリスクや戦車型が防壁に到達してしまえば、すぐに破られてしまうだろう。
「一般兵は防壁に上って斥候型に集中砲火! バジリスクを優先するであります!」
アールヴの手を借りながら、一般兵が防壁に上り、射撃を開始する。斥候型を兵士が対処すれば、アールヴが戦車型を対処できるはずだ。だが、ゴライアスもベヒーモスも、今回は100体ずつ戦場にいるらしい。さすがにその数を相手にするのは難しいだろう。
超火力の精霊魔法の詠唱が終わるまで、時間稼ぎをする必要がある。となると、それは私達の役目だ。
「私達は敵陣の側面から後方に接近。バエルを討伐しながら戦車型を食い止めるであります!」
出した指示に3人が頷く。その瞳には強い意志が感じられる。既に、みんな覚悟が決まっている様だ。それは私も同じ。
深呼吸し、何故か高揚としている自分を落ち着かせる。緊張とはまた違う感覚。心臓がうるさい程に脈打つ。震えているのも、怖いからではない。これは武者震いだ。心は落ち着いているのに、体が今にも動き出したいと思っている。その矛盾が何なのか、すぐに理解した。
――ああ、そうか。これが誰かの為に戦うという事・・・。
今までは命じられたまま、自分の仕事を全うしていただけだった。でも今は、ケイジ殿の為に戦いたいと思っている。彼が起きた時、全てを終わらせていたら、きっと見直してくれるだろう。
――頑張って、頑張って、いっぱい褒めてもらうであります!
「ヴァルキリー部隊! 出撃っ!」
私達は銃を手に、戦地へ向かう。彼の為に。




