013.世界樹ユグドラシル
程なくして、クトゥルフがガス欠を起こしたのか、ブラックホールが消滅する。辺りが静まり返ったのを確認したクーナさんは、魔法を解除して木のドームを消し去る。
視界が晴れたので辺りを確認すると、アールヴの魔法によって伸ばされた木の根が、他の隊員達を救出している姿が目に入る。ただ掴み損ねた人間が圧倒的に多いのか、見ている限り、生き残れたのはオレの他に6人だけだった。
では他の隊員達はどうなったのだろうか?
ブラックホールがあった空に目を向けると、あまりにも悍ましい光景が映った。巨大な赤い『肉の球体』が、そこには存在していた。それはかつて、約4000人の生きた人間だったもの。
そんなものをサイコキネシスを使ってまで抱える必要はないだろう。読み通り、肉の球体に働いていた力が解除され、それはゆっくりと落下する。
装備込みでおよそ1人あたり70キログラムだと仮定すると、およそ3トンの物体が上空300メートルから自由落下する事になる。それが生み出す運動エネルギーがどれ程のものかは分からないが、とんでもなく危険だという事はすぐに分かった。
クーナさんもそれが危険だと判断したのか、オレの手を引いてその場から離れた。息を切らしながら全速力で数百メートル程の距離を進んだところで、それが地面に着弾する。
ドゴォオオオオオオオッ――
けたたましい轟音と共に、肉片と血液が辺りに飛び散る。クーナさんは立ち止まり、地面に手を押し当てて魔法で木の壁を作り出す。そのおかげで飛来物から身を守る事には成功するが、血の匂いが鼻を衝く。錆びた鉄の様な、不快な臭いまでは対処することは出来なかった。
花でいっぱいだった大地が赤く染まるのを見ると心が痛む。それも仲間の血液となると尚更だ。だが、感傷に浸っている場合ではない。
鼻を抑えながら、あの化け物をどう対処すれば良いのかと、改めて頭を悩ます。すると身を挺してオレを守ってくれた彼女が、背後にそびえ立つユグドラシルに視線を向けた。
「また『あれ』を使われる前に倒さないと危険だな。・・・仕方ない。こうなったらユグドラシルの力を使う他ないか」
「ユグドラシルの力?」
思わず聞き返してしまうも、彼女は優しく微笑みながらオレの頭を撫でる。そこで見ていてくれと言い残し、彼女は詠唱を唱える。すると彼女の髪の毛が逆立ち、青い輝きを放ちながら揺れる。
詠唱する時、そして魔法を使う時に彼女の髪が輝くのは何度か目にしていた。その神秘的な現象を眺めていると、淡い光を放っていたユグドラシルも輝きが増す。
彼女が言っていたユグドラシルの力という言葉を思い出し、一体これから何が起こるのだろうかと期待する。聞き取る事の出来ない言語の詠唱が終わり、彼女は腕を振るう。
それと同時にユグドラシルから1本の枝が伸び、彼女の動きと同じ様に枝が動く。枝、と言ってもその太さは軽く数百メートル、長さは数キロはあるだろう。その重量は計り知れない。
ブォオオオオオオオオンッ――
あまりにも鈍く、空を切る大きな音が響き渡る。そしてその巨大な枝が、空中にいた全てのクトゥルフを一撃で叩き潰した。
おそらくサイコキネシスで抵抗はしていたのだろうが、圧倒的な質量の前になす術もなく、トマトの様に潰される光景は圧巻と言わざるを得ない。
魔法が終わったのか、光輝いていた彼女の髪から光が失われる。
「どうだ? 私の魔法は?」
彼女がドヤ顔をしながらそう聞いてくるが、オレの中では疑問しかなかった。
――魔法っていうか、物理攻撃じゃないか、と。
むふーと、鼻息をもらして今もなおドヤ顔している彼女に対してそんな事言えるはずもなく、オレは何も言えなかった。
「お見事です・・・」
「そうかそうか」
15歳で忖度を覚えたオレ。隣で笑う彼女を見るとそんな事はすぐにどうでもよくなる。なんて可愛らしく、頼りになるお姉さんだ。
オレは、改めて全ての敵が消えた戦場に目を向ける。
「本当に終わったんだ」
人生で2度目の戦場。その終止符が打たれた事に、久しぶりに安堵する。肩の荷が下りたオレは、ふとある事を思い出す。
「そう言えば、司令部からクトゥルフの検体を持って帰れって言われてましたけど・・・。ぺちゃんこに潰れてますね」
「あ」
オレの言葉で彼女はその事を思い出したのか、情けない声を出す。オレはオレで、一匹をグチャグチャになるまでライフルでハチの巣にしてしまったし、彼女は彼女で跡形もなく残りを叩き潰してしまった。とは言え、あれ以外に有効な手段は無かったと思うが。
「まあ、気にするな」
クーナさんはオレの頭にポンと手を置いてくしゃくしゃと撫でる。まあ、怒られたらその時はその時だ。そう割り切って、オレ達は地球に帰還するのだった。
――今回の戦死者は3993名。4000人中、生存者は7人のみ。
前回の戦闘も含めると、9000人中8955人の死者。死亡率にして99.5%。
その絶望的な数字は改めてこの戦争が非常に厳しい状況である事を、誰もが思い知る事となった。
また、最初に徴兵された適合者の残り僅かになった為、新たに『召集命令』が下された。




