146.母の手
ダモクレスの剣を使った翌日。狙ったかのように訪れたオメガの襲撃に、誰もが緊張の糸を張り巡らせた。昨日のケイジの言葉。ダモクレスの剣を使えばオメガから総攻撃を受けると言ったその言葉は、予言の様に当たってしまった。
だが立ち竦んでいる場合ではない。装備を整え、現場まで向かおうとするも、手段がない事を思い出す。転送には膨大なエネルギーを使用するらしい。つまり、今は使えないという事だ。
「コマンダー、どうするつもりだ?」
通信で問うと、数秒の間が空く。
『今回の戦地は・・・惑星マザーとアールヴヘイムだ』
「なにっ!?」
転送装置が使えない以上、惑星マザーはおろかアールヴヘイムにも行く方法はない。私達はこのまま、オリハルコンを奪われ、ユグドラシルが襲われるのを指を咥えて待つ事しかできないというのか・・・。
絶望的な状況。強さだけではどうしても解決が出来ない問題を前に、足が止まる。
『現在のエネルギー残量では転送装置は使えない・・・。残念だが、どうにも出来ない』
コマンダーですら打つ手がないと諦める状況。
「ここまでなのか・・・」
輸送船から降り、諦めた私達の目の前に、何かが立っていた。3メートルの高さで、見た目は金属で出来た人間。青みがかった銀色の金属で出来た皮膚。顔はコマンダーの様に、中心部にカメラがあり、そこからは青いが発している。
見た事のない相手だったが、それが誰かはすぐに分かった。
「マザー、なのか?」
オートマタの根源であるオリハルコンが意志を持った存在。マザーだ。今まで一度も会った事もなければ、話した事もない相手が姿を見せた事に驚きを隠せない。
『初めまして、世界樹の申し子、そして人の子らよ。私はマザー。アルファの、貴方達がコマンダーと呼ぶ者の母にあたる存在です』
予想もしていなかった存在の登場、そして呑気に自己紹介した事に対して、私達は唖然としてしまう。今まで姿を見せなかった相手が、ここに来て現れたというからにはそれなりの理由があるはずだ。思考を巡らせるが、この事態を解決する為としか考えられない。
――もしそれ以外の理由だった時は、イザベラではないが私も手を上げてしまいそうだ。
今は故郷の存亡が掛かったタイミングなんだ。下らない理由であれば、自分を抑えられる自信がない。
「どうしてここに?」
『この船のエネルギー問題を解決する為に』
予想通り、解決策がある様だ。そしてマザーがここにいる事を知ったコマンダーが慌てて飛んできた。
『マザーッ!? 何故部屋から?』
『貴方が解決策も考えずに引きこもっているからです』
『そ、それは・・・』
ピシャリとコマンダーを叱るマザーの姿は、まさに母親の姿そのものだ。アールヴでいう師に近い存在か。叱られたコマンダーは視線を下に向け、明らかに落ち込んだ様子を見せている。マザーの言葉が余程効いたのだろう。
『人類から電力を供給してもらうなり、やり方はいくらでもあるでしょうに。友人が怪我をしたからといって判断力が鈍り過ぎです。友達想いなのは良い事ですが、これでは折角体を張ってくれた彼があまりにも可哀そうです』
合理的というか、的を射た発言に私達ですら言葉を失う。そんな簡単な解決策があるというのに、誰も思いつかないなんて恥ずかしい限りだ。
『で、ですが人間の発電量では転送なんて――』
『一度で電力を使ってしまえばそうでしょう。ただ、バッテリーの様に昨日から電力を蓄えておけば良かったものを。貴方の考えは極端過ぎるのです』
『うぐっ』
マザーの言葉はコマンダーだけではなく、私達にも深く刺さる。
『結果的に言えば、それでもポータルを開くのは難しかったでしょうが、何も行動を起こさないよりはマシです』
私達もケイジが目覚めるのを待つ為に、ヒーリングポッドの前で何もせずに待っていたのだ。行動をしていないと言う点においては同罪だ。耳が痛い。
『そういう訳で、今回は私が手を貸してあげます』
顔が無い為、表情は分からないが、絶対に地球で言うドヤ顔をしている。
だが、一体どうやって解決するつもりなのだろうか? エネルギー不足という問題は簡単には解決できないはずだ。人間の発電力を上回るエネルギーを確保するなんて可能なのかという疑念は拭えない。それはコマンダーも同じ考えの様だ。
『ですが、どうやって? 地球にはそれ程のエネルギーを有している物体は存在しません』
『それならここにありますよ』
『それ』が指すのが何か分からず、全員が首を傾げている中、マザーは自身の左腕を右手で掴む。そして――
バギッ――
自身の左腕を引き千切った。
『マザーッ!』
コマンダーが感情を露わにしながら駆け寄るが、マザーはそのまま千切った腕をコマンダーに渡す。
『これを使いなさい。数日とは言わず、数百年はもつでしょう』
それとは自身の腕、つまりオリハルコンの事だったのだ。マザーの言葉通り、手を貸すとは自身の腕の事らしい。そしてたった1本の腕で、この母艦のエネルギーを数百年解決できるという。
あまりにも超過しているエネルギー量や自身の腕を引き千切った行為に慌てたのはコマンダーだけではなかったが、そんな私達を無視してマザーは笑っていた。
『ふふ。これが腕を失う痛み。あまり経験したくないものですが、彼に比べれば大した事はありません』
『あぁ、マザー・・・。すぐに別の腕を――』
バシンッ――
慌て続けるコマンダーをマザーが平手打ちする。突然の行為にコマンダーがフリーズし、数秒の間固まってしまう。
『いつまで狼狽えているのですか。貴方は貴方のすべき事をしなさい。それではみなさん。健闘を祈ります』
そう言ってマザーはコマンダーを置いて出て行ってしまった。呆然としていたコマンダーだったが、マザーの腕を持ってトボトボとどこかへ消える。
数分後、母艦の機能が戻ったのか、転送装置が起動した。消えたコマンダーが腕を使ってエネルギーを抽出したのだろう。
――マザーの犠牲を無駄にする訳にはいかない。必ず勝利を掴み取らなければ!




