145.最悪の事態
水を操るオメガ、それは新しい枠組みの災害級オメガ ワタツミと名付けられた。そしてそれが共生していたオメガは同じく災害級 ガイアという名前になった。
ワタツミがもたらした水害はあまりにも大きかった。死者と行方不明者が3万人を超え、水没した街は今もそのままだ。
そして、ヘリコプターに乗って撮影していたテレビ局が、あの戦いを放送したらしい。オメガのあまりの強さに全世界は恐怖に包まれる事態となった。
一方で、オートマタを非難する声があがった。もっと早くあの攻撃をしていれば被害を抑えられたのでは、と。だが、コマンダーはそれに対して何もアクションを起こさなかった。いや、出来なかったというのが正しい。
ダモクレスの剣。それを使えば数日の間、母艦がほとんどの機能を失うと言っていたのは嘘ではなかったのだ。昨日から浮遊以外の機能が停止しており、母艦はマイアミの上空で停まっている。
あの時、ケイジを海から拾い上げた私は、ミカエラの手によって母艦まで戻り、ヒーリングポッドの中に彼を入れた。幸いな事に、母艦が使えるごく少量のエネルギーは、今ケイジの治療に当てられている。
だが1日経過した今も、ケイジは眠り続けている。心臓の修復に時間が掛かったのと、ワタツミの攻撃が脳の一部を損傷させたせいで、回復に時間が掛かっていると、目を覚ますにはもう数日要するだろうとコマンダーが言う。
それを聞いたイザベラが頭に血が上ったのか、コマンダーに掴みかかる。
「マザーのヤツに言っておきな! 次また私達の邪魔をしたら報いを受けさせてやるってな」
同感だ。あの時、ケイジを一人にしていなければ、またこんな怪我を負う事はなかったかもしれない。もしもの話だが、何もできずにずっと見守らなければならないなんてもう二度と経験したくない。
「それにしても、アンタ達オートマタってのはどうしてこう不器用なんだ?」
イザベラがコマンダーから手を離しながら言う。 不器用、とはどういう事なんだろうか?
『・・・どういう意味だ?』
「そのままの意味さ。あのオメガを殺ったダモクレスの剣って言うんだっけ? 使ったら数日動けなくなるあんなのじゃなくて、もっと小回りが利く兵器を用意しておけばいいじゃないか。極端過ぎるんだよ」
確かにその通りだ。イザベラの一理ある言葉に、コマンダーが応える。
『我々はオートマタの歴史は長い。だが、戦いの歴史は非常に短いのだ』
「戦いの歴史・・・?」
ケイジが倒れてから目に見えて落ち込んでいるミカエラ。ヒーリングポッドの前から離れようとしない彼女が呟くような小さな声で聞き返す。
『・・・我々は知識欲を満たす為に広大な宇宙を漂流し、多くの資源を集めては研究していた。その間に、知的生命体がいる惑星をいくつも見付けたが、接触はしなかった。地球もその一つだ。だが、我々の行動理念は知識欲を満たす事。争いは好まないどころか、一度たりともしてこなかった。我々が初めて行った戦闘は29年前に、惑星マザーに訪れたオメガを迎撃した時だ』
「つまりミスターコマンダー達にとって、戦いの歴史は30年にも満たないって事?」
『その通りだ。故に、我々はあまり戦闘力が高い種族とは言えないのだ。むしろ、君達人間の方が戦いのノウハウを知っているとも言える。兵法がその例だ。我々が初めて地球を見付けた時、人間は剣や槍を持って殺し合っていたとはいえ、戦いの歴史で言えば数千、数万年にも及ぶだろう』
アールヴは農業や狩りで生計を立てていた。ただ、いずれ訪れる災厄に対抗する為、ユグドラシルから加護を授かり、魔法の鍛錬もしていた。歴史、という観点から言えばアールヴも実戦経験は少ないが、常に備えていた分も含めれば人間よりも長いと言えるだろう。
『そして我々は事象を分析して計算するのは得意だが、存在しないものを創造する力が乏しい。その点、君達人間は高い想像力を持っている。オメガの力の根源となってしまったが、架空の力を思い浮かべるなんて我々には真似出来ない。故にいつも後手に回ってしまっているのだ』
最後に、すまないと謝罪するコマンダー。つまりソルジャーとガーディアンに天と地の差があるのは、アダマンタイトとオリハルコンの差がそのまま出てしまっているのだろう。中間の新しい何かを造るという発想がなかったのかもしれない。
そして新たな敵を想定して予め対策を練ると言うのが苦手だというコマンダー。確かに今までの戦闘は、全て行き当たりばったりで、ケイジが何とかしていたから被害が少なかっただけだというのも納得できる。
「言い訳したって坊やの怪我が治る訳じゃないんだ。するなら、もうこんな事にならない様に新しい兵器でも開発でもしてな」
『・・・ご尤もな意見だ』
イザベラの嫌味が効いたのか、コマンダーが退した。私達はみんなでヒーリングポッドの中で眠るケイジを見つめて、目覚めるのをただひたすらに待ち続ける。
「・・・民間人なんて見捨てておけば良かったのに。本当にバカな坊やだよ」
取り残された親子は無事に救出された。助かって良かったと思う一方で、イザベラ同様、あの親子のせいでこうなってしまったという怒りも感じていない訳ではない。だが、ケイジが救った命を無下には出来ない。一番手を上げそうなイザベラですら我慢したのだ。私達も受け入れるしかない。
「でも、お兄さんが手を差し伸べたおかげで、僕達は今こうして生きているんです・・・」
かつてベルリンでケイジぶ救われたルカとクララ。何年も前から、ケイジは変わっていないのだ。いつも避難していない民間人は見捨てろという癖に、いざその場面に立ち会えば、絶対に見捨てない。その優しさが消えてなくなる事は絶対にないだろう。
「それにしても、最悪な事態になってしまったであります・・・」
ふとアンジェが漏らす。
『最悪な事態』。ダモクレスの剣を使わない様に戦ったケイジが昏睡状態に陥ってしまっている事。最高戦力と言っていい彼の不在。それに加えて母艦の機能停止。
この状態でオメガに襲われてしまえば、きっと大勢の犠牲者が出てしまう事だろう。そしてそういった悪い予感というのは、残念な事に良く当たってしまうのだ。
突如鳴り響く警報が、私達の鼓膜を揺らす。




