144.英雄と呼ばれる理由
『ダモクレスの剣の使用を申請』
司令室でコマンダーがマザーに対して、切り札の使用許可を申請する。もう、それしかあのオメガへの手立てが残されていないからだ。
『ッ!? 何故だマザー?』
だが、その申請はコマンダーの様子から許可されなかったのが分かった。何故、マザーはそれを却下したのだろうか?
「マザーは一体考えているんだ?」
この非常事態にふざけているのだろうかと、怒りがこみ上げてくる。それとも先程ケイジが話した可能性の事を憂慮し、ダモクレスとやらを使うのを渋っているのかもしれない。
『何!? 彼が単独で?』
彼。それがケイジを指しているのは誰もが理解したが、ケイジなら先程までここに――
「いない・・・?」
理由は分からないが、異様なまでに落ち込んでいたケイジを慰めたのはつい1,2分前の事だ。目を離してしまったが、まさか単独で出撃するなんて誰が考えただろう。あのオメガに対して、誰しもが戦意を喪失していたというのに。
戦況を確認していたモニター、おそらくオートマタのドローンとやらが撮影しているのだろうが、そこに空から落下しているケイジの姿が映る。
――何故、また一人で・・・?
いや、その理由は分かっている。私達が頼りない姿を見せたからだ。それに安易にコマンダーの切り札も使えない状況。ケイジなら、一人で戦いかねない。単独で出撃させてしまったのは、間違いなく私達のせいだ。
「私も出撃する! コマンダー、転送の準備をしてくれ」
海上では調和魔法は使えない。だが、精霊魔法でなら、ケイジをサポートできる。
『無理だ。マザーに指揮権を奪われた。今の我々に出来る事は彼を見守る事だけだ』
だというのに、無情な言葉が返ってきた。ケイジをを手伝う事すら出来ない。その状況に嫌気がさすが、そう思っていたのは私だけではない。この場にいる全員がそうだ。コマンダーも含めて・・・。
「ケイジ・・・」
モニターに視線を向け、ミカエラが祈る様に呟く。彼女の肩を抱いて、私もその画面を見守る。
「どうか、怪我だけはしないでくれ」
もう、ヒーリングポッドで眠り続けるケイジの姿なんて見たくない。勝たなくてもいい。ただ無事でさえいてくれれば・・・。
ケイジを見守っていると、全身にアダマンタイトを纏い、巨人になる。ダモクレスとやら以外にもあったのだ。『切り札』が。
『アダマンタイトの鎧? 一体どうやって? それにいつからそんなものを考えていたのだ・・・?』
コマンダーすらも知らないそれは、あのオメガの攻撃をものともしない防御力を誇っている様だ。が、糸の様に細い水が、アダマンタイトの鎧を貫く。だが、あれぐらいの怪我であれば、すぐに再生するだろう。予想通り、気にも留めずにそのままオメガの背に着地する。
いつも愛用していた剣よりも巨大な大剣。数倍のサイズを誇るそれをオメガに突き刺し、刀身を伸ばした上で力任せに振り抜く。あれ程脅威に感じていたオメガの左のヒレが、一撃で切断とまではいかないが、千切れる寸前まで追い込む。
「よしっ!」
つい手に力が入り、拳を握り締めてしまう。誰しもが諦めかけても、必ず立ち向かうケイジのその姿は、かつてアールヴヘイムでアンラ・マンユに襲われた私を助けてくれた時と重なる。
あの時、あの瞬間、元々好きだったはずのケイジを、心の底から惚れなおしたのを今でも覚えている。今も、あの時と同じ様に胸が高鳴っていた。うるさい程に――
そのままケイジはオメガの背中を切り刻み、尻尾を切断し、残ったヒレも斬ろうとしたところで、あのオメガが自身の体の上から水の弾を落下させる。自爆に近い攻撃だが、それだけ追い込まれている証拠だろう。
ケイジはオメガの体に深く剣を刺し、襲い掛かる圧倒的な水量を耐えている。が、オメガ自身にも大量の水による質量が体に掛かっているらしく、高度が下がっていく。
オメガが海面まで高度が落ちた所で、水を用いた攻撃の手が止まる。そしてケイジの姿が水の中から現れる。あの攻撃に耐えきるなんて流石と言わざるを得ない。見た目通り、圧倒的な防御力を誇るアダマンタイトの鎧が、彼を守ってくれたのだ。
再度水を持ち上げて抵抗しようとする瀕死のオメガを倒そうと、攻撃の手を再開しようとしたが、すぐに手を止めてしまった。
「どうしたんだケイジ・・・」
――何故手を止めるんだ?
その光景に皆が戸惑っている中、彼の視線は別の何かを捉えていた。水没したホテルの屋上。そこに子供を抱き締めている親子の姿が。
「なんでまだ避難していないんだ・・・?」
いつもなら逃げ遅れて取り残されても助けられただろう。だが、今はあまりにもタイミングが悪い。親子を助けに行ってしまえば、あのオメガを倒す折角の機会を失ってしまう事になる。
だが、こういう時、ケイジは――
「――絶対に子供を見捨てたりしない」
予想通り、ケイジは攻撃をやめてそのホテルの屋上に飛び移った。あのオメガが再び水を使った攻撃をすれば、あの親子は絶対に巻き込まれてしまう。そう判断した彼は一切躊躇する事はなかった。
だが、先程アダマンタイトの鎧を貫いた無数の水の糸がケイジに襲い掛かる。それに対して、アダマンタイトの鎧を脱ぎ捨て、それで親子を包んで海に突き落とす。
例え自分が何度貫かれようと、助ける手が止まる事はない――
何故軍に所属している誰もが彼を英雄と呼ぶのか? その理由は彼の姿を見れば分かる。あの姿を目にすると、自然とその言葉が脳裏に浮かぶから。
ただ、人間の世界では死した者を英雄と呼ぶ時もある事を忘れてはならない。
敵がアダマンタイトの鎧を脱いだのを理解したのか、オメガは水の糸での攻撃を止め、弾丸の様に射出する。それが、ケイジの胸を貫き、綺麗な円形の穴が胸に出来てしまう。
夥しい量の流血。視線を上げ、撮影しているドローンに視線を向け、何かを口ずさむ。唇の動きから、何を言ったのかすぐに分かってしまった。そして、彼が人形の様に力なく倒れて海に落ちていく。
『ダモクレスの剣を使用する! マザーッ! 許可を!』
コマンダーが空かさず出し渋っていた切り札を使用する為に、母艦を戦地であるマイアミの上空に転送させる。直後、母艦から発せられた閃光がオメガを包み込み、跡形もなく消し去る。
こうして戦いの幕はあまりにも呆気なく、あっさりと下りた。同時にケイジの怪我を見て、私の胸にもポッカリと穴が空いた様な錯覚に襲われるが、立ち止まっている暇はない。すぐに甲板に向かって走りだし、遥か上空から数百メートル下の海に向かって飛び込んだ。
前にも心臓を貫かれたケイジを思い出すが、今回の怪我はそれ以上にひどい。今すぐにでも治療しなければ取返しのつかない事態になってしまう。
――絶対に助けるっ!
最後の言葉。私達に向けられた三文字。それは愛の言葉でも、別れの言葉でもなかった。ただ、失敗した自分を責めるだけの謝罪。
『ごめん』




