142.ダモクレスの剣
ダモクレスの剣。何度かコマンダーが言っていたのを耳にした事がある。中国の学主席を脅す際には、中国を地図から消すのに10秒も掛からないと言っていた。それ程の威力がある攻撃ならば、あのマンタオメガを葬るのも容易いだろう。
「だったら早く使っちまいな」
とイザベラが言う。だが、それだけの攻撃を気軽に使えるはずがない。それにコマンダーもなるべく使いたくないと言っていた事から、何らかの制約があるはずだ。
「それを使ったらどうなる?」
『確実にあのオメガを倒せる。が、一度使えばノアの箱舟の機能がしばらくの間、数日程停止してしまう』
エネルギーのほとんどを消費してしまうせいか、母艦がしばらく使い物にならなくなってしまうのは非常にまずい。転送装置が使えなければ、もしオメガに襲われたら対処出来ないからだ。地球上ならまだしも、もしアールヴヘイムや惑星マザーが襲撃されてしまえば、戦う事すら出来ないだろう。
もしかしたら――
「それが目的、なのか・・・?」
みんながそれでもダモクレスの剣を使うべきだと言っている中、オレはコマンダーに問う。
「コマンダー、今までダモクレスの剣って使った事あるか?」
『心配する事はない。あのオメガの分子すら分解して塵一つ残らないだろう』
「違う、効果を期待していないんじゃない。ダモクレスの剣を使ったら母艦がしばらく使い物にならないっていうのをオメガは知っているのか?」
『・・・過去に二度使った事がある。どちらもクラーケンに対して使用している。一度目は20年程前、アールヴヘイムを襲っているクラーケンに。二度目は4年前のファーストコンタクト。地球を襲っているクラーケンを退ける時にだ。だがどちらも出力を抑えた為、1週間程の停止で済んだが』
「そうか。なら、ダモクレスの剣は使えない」
『何故だ?』
前にベリアルのせいで守護者を出撃させてしまった。そのせいでオリハルコンが惑星マザーのどこにあるのかオメガに感知されてしまった可能性がある。いや、確実にバレているだろう。
そして怪獣のオメガを送り込んだ。ダモクレスの剣を使わせる為に。その為だけに巨大なオメガを生み出したのだ。マンタオメガは多分、『保険』だ。怪獣オメガにダモクレスの剣を使わなかった場合の。
であれば今回のオメガの目的は、確実にダモクレスの剣を使わせる事だ。もし使ってしまえば、オリハルコンを奪う為に惑星マザーにオメガの大群が押し寄せてくるだろう。
その事を説明すると、コマンダーも納得した様だ。
『・・・その可能性は非常に高い。だが、他に策がないのも事実だ』
今のこの状況は、コマンダーが言う通り詰んでいる状態だ。もはやオレ達は敗北の一歩手前の状態に立たされている。
そして、そうなった原因は――
「オレのせいだ・・・」
間違いなくオレだ。
「ケイジのせいなんかじゃないわ」
「そうだ。あまり自分をせめるな」
「自惚れるんじゃないよ、坊や」
「ケイジ様が責任を感じる必要はありません」
「兄は頑張ってる」
「そうです! お兄さんは悪くありません!」
「ケイジ殿のおかげで今まで被害を最小限に抑えられたであります!」
「そうッスよ! 気にする事ないッス」
「です~。団長ちゃんがいなかったら私達死んでたかもだから感謝してるんだよ~」
「騎士様こそ人類の希望。英雄の中の英雄」
「何を気にしてんのか知らねえけど、ま、みんなの言う通りだぜ」
みんなが慰めてくれるが、心の中では分かっていた。
オレはオメガにマークされている。それは何故か?
オレが追い込まれれば、コマンダーが躊躇せずに『切り札』を使う事を、オメガは気付いているからだ。
――オレこそがコマンダーの弱点になってしまっている・・・。
その事実に気付いてしまった。気が付いてしまった。オレが人類を敗北に導いてしまうトリガーだったのだ。
『人々を導く明けの明星になれ』と言っていたユグドラシルの言葉。オレが未来を知ってしまったから、既に運命は破滅の一途をたどっているのだろうか。
「分からない・・・」
あのオメガを倒す方法が。
――分からない・・・。
オレが破滅させてしまうのか。
もう、何も分からない。
――どうしてオレにばかりこんなにも責任の重い選択肢が降り注いでくるのだろう?
気付けば、軍の中で最高クラスの階級を言い渡された。最高の指揮権を持つと言われたって、オレの指示一つで多くの命が危険にさらされる事だってある。そんな責任重大な役目を、19になったばかりのオレに任せるなんてどうかしている。
ユグドラシルだってそうだ。君が人類の希望だとかもてはやしておいてさ、渡すだけ加護を渡しておいて、アンラ・マンユやベリアルみたいな強敵を倒して火種を手に入れろとか。そいつらにオレは殺されてんだぞ? 最後の火種? もっと強いオメガと戦えって言うのかよ? 両腕だって失ってんのに、これ以上何を犠牲にすればいいんだ・・・。
コマンダーも、オレにオリハルコンの刀なんて貴重なものを気軽に渡してさ、バカじゃないのか? もし適合者じゃなかったらオレは今頃ただの大学生になっていたはずだ。喧嘩すらした事のないオレにだぞ? 今の日本なんて、殴り合いした事のない人間の方が多いのなんて当たり前なのに。それなのにオレに、オレなんかにこんな貴重なオリハルコンを渡してさ・・・。
――なんで・・・なんでみんなオレなんかに期待するんだ・・・。
今だってあのオメガに圧倒され、戦場に戻る事もせずに頭を抱えているというのに。英雄なんて持ち上げられて、調子に乗っていただけだのガキだ。
ずっと耐えてきたけど、ホントは痛いのだって嫌だ。当たり前だ。誰だって痛いのは嫌だろ。胸を貫かれるのも、目を抉られるのも、腕を斬られるのも、千切られるのも、溶かされるのも、内臓が潰れるのも。
今こうしてコマンダーの足手まといになっているのも、みんなに慰められている惨めな自分も、全部嫌だ。こんな弱くて、情けなくて、価値の無いオレに、何が出来ると言うんだ?
――お願いだから、誰か助けてよ・・・。




