138.怪獣の体液
怪獣の足の肉を削ぎ落している最中、その傷から青い血が噴き出してオレの衣服に付着する。
「汚ぇなっ!」
誰が洗うと思ってんだ、と文句を言いたかったが、問題が発生。アダマンタイトのコーティングが施されているはずのオレの一張羅であるコートが、溶けて穴だらけになっていた。怪獣の血液、それが非常に強力な酸だと気が付く。
――さ、酸だぁ!
その時にはもう遅い。怪獣が歩く為に踏ん張ったのか、傷口から大量の血液が噴き出したのだ。
ヤバいッ! 慌てて飛び降りようとするも、足場にしていた剣がグラつき、踏ん張れない。刺した剣が溶けてしまったのだろう。
ふと、とある動画を思い出した。ベランダから飛ぼうとして、ジャンプに失敗して落っこちる情けない猫の動画を。
「はべっ!?」
情けない声と共に、オレは全く跳ばないジャンプを披露して怪獣の足から落ちていく。地面に激突しない様に視線を下に向けて着地に備えていると、ふと左肩に熱を感じるが、今は無視だ。
怪獣の足に踏み潰されない様に注意しつつ、着地と同時にその場を離れる為に駆ける。その最中、後方でボトリと何かが落ちる音がし、振り返って確認すると、そこにあったのはオレの左腕だった。
――また腕が・・・。
一体何度腕を失う事になるのだろうか。切断されたり、千切られたり、挙句の果てに溶かされてしまうなんて。焼かれ、溶かされる痛み。今までとは全く別種のその痛みは耐えがたいものの、悲鳴を上げている場合ではない。
『ケイジ!? 大丈夫なの!?』
「大丈夫。心配しないで」
ミカエラから悲鳴に近い声で通信が入る。左肩から脇腹にかけて焼ける痛みは感じているが、彼女達と通信が繋がっている以上、悲鳴を上げるようなみっともない真似はしたくない。それに、すぐ再生するだろう。
遅れて怪獣の足に刺していた剣が落ちてきたので、それをキャッチして左腕の義手として変形させる。怪獣の血液で溶けてしまう以上、武器として使う事が出来ない。それなら腕として使った方がいいだろう。
オレの左腕も拾おうと思ったが、怪獣に踏み潰されてしまう。勢い良く踏み潰された虫みたいに跡形もなくグチャグチャにされてしまった。
「あぁ! オレの腕ッ!?」
あれではいくらコマンダーでも再生させるのは難しいはずだ。これで完全に両腕がアダマンタイトの義手の生活を送る事になるだろう。まあ別に不便な事なんてないんだけどさ。
とは言え不用意に接近戦も仕掛けられず、遠距離攻撃も効かないときた。両足も失う覚悟で刀で切り刻むか? いや、そんな事をしたらミカエラ達に殺される。もう無茶はしないって約束したから。・・・腕を失った後だと手遅れかもしれないけど。
「クソッ! コマンダー、まだか!?」
『後10分だ』
「頼むから急いでくれ」
『君なら余裕だ』
「簡単に言ってくれるなよ!」
こうなったら返り血を浴びない様に斬るしかない。早く斬って速く離脱する。ランアンドスラッシュ、いや、チャージアンドスラッシュか? とにかく――
「止まらずに斬り続けるッ!」
それしかない、と刀を手に再度攻撃を試みる。だが、また足から登っていく訳にはいかないので、今度は別の方法で怪獣に接近する事にした。
――コレ、苦手なんだよな・・・。
内心ではあまりやりたくないと悪態をつくが、そうも言ってられない。集中して、怪獣の頭上に視線を向ける。そしてあまり使わない様にしているクラーケンのオメガ因子を活性化させた。
刹那、足の裏に感じていた柔らかい砂の感触が消え、視界が一瞬で切り替わった。直前まで立っていたはずなのに、今は怪獣の頭上を落下している。
クラーケンのオメガ因子。その能力は卵を生み出すことでもポータルを開く事でもない。『テレポート』だ。瞬間移動とも言う。
使いこなせれば便利な能力だとは思うが、オレみたいな不器用なヤツには非常に扱いが難しい能力だ。
この能力を使用するには、まず視界の範囲内にしかテレポート出来ない。目隠しされただけで使えなくなる。
次に立ち止まって集中しないと使えない。戦闘中に使うのはまず無理。サイコキネシスの使い方が上手なミカエラやクララなら可能かもしれないが、オレには絶対に無理だ。
最後に、微調整が出来ない。今は『怪獣のはるか上空』という大雑把な設定をしていたから上手くいったが、数メートル単位での調整は不可能。残念な事に、オレには超能力型の能力を使うセンスが全くない。
だが、微調整は自力ですればいいだけの事。空中で体勢を整え、足元にいる怪獣に向かって逆手に持った刀を突き刺す。ホントは頭に刺したかったが、テレポートした位置が悪かった。どうしても頭に届かず、ズレて首に刺さってしまったのだ。
そのまま刀に体重を乗せ、怪獣の体を引き裂きながら落下する。頭上から青い血液が襲い掛かってくるが、一度刀を抜きつつ怪獣の体を蹴って回避する。
一度着地して距離を取る。怪獣を確認すると、今の一撃が相当痛かったのだろう。その視線が初めてオレに向いた。その瞳には怒りが宿っているのは、勘違いではないはず。もしかしたら怪獣に表情なんてないから気のせいかもしれないが。
だが敵意があるのは確かだ。怪獣はオレを挽き肉にする為、その鈍重な体を一回転させ、長い尻尾を薙ぎ払う。再度苦手意識を拭えないテレポートで上空に移動して回避。
「ミカエラッ!」
愛しの天使の名前を呼ぶと、オレの体が落下せずに空中に停滞する。何も言わずともオレの意図を汲んでくれたのか、そのまま怪獣の背中まで運んでくれた。全身を包む様に発動されたサイコキネシスが解除され、野球グラウンド並みに大きいその背中に着地する。
「背中はベージュっぽい色じゃなくて白なんだな」
背中から尻尾の付け根辺りまで、他とは色が違い、亜麻色ではなく白い事に気が付くが、気にしている場合じゃない。
刀を下段の構えで持ち、背中から頭に向かって駆け上がる。もちろん、怪獣の体を切り裂きながら。↓から上に登っていくことで、酸の血液を浴びらずに済む。だが、妙な事に体表が白い部分の血液は、何故か『緑色』だった。
――斬った感触も他とは違う。組織が異なるのか? 今は気にしている場合じゃないか。
そして再び怪獣の方向が轟き、無事に鼓膜が破裂するが、さすがにその痛みにも慣れてきた。多少足が覚束なくなるが、耐えられる。そのまま駆け、長い首を抜けてとうとうその頭部に辿り着いた。どこまでを首と呼ぶべきなのか分からないが。
山頂、ではなく頭頂部に立ち、刀を逆さまに持って脳天に突き刺す。脳を損傷させて倒せればいいが、刀身が2メートルの刀では頭蓋骨を貫通出来ない。それに返り血にも気を付ける必要がある。
振り落とされる可能性もある為、すぐに刀を抜いて怪獣の別の急所を目指す。『眼球』だ。例えどれだけ巨大であろうと、生物である以上、視覚という情報を奪われるのは致命的だろう。怪獣の頭から飛び降り、空中で眼球目掛けて刀を振り抜く。
――妖刀一閃。




